10-2 王都へ


 イリエの手配した馬車はレチア村に到着していた。立派な馬車で護衛は二人もついている。


「イリエさんはどこの家の方なのかしら……」


 ティナが驚いていると、マーサが見送りに来てくれていた。事情も聞かず、ずっと世話を焼いてくれていた彼女との別れだ。


「マーサさん、今までありがとうございました」

「貴族の子だとは思っていたけど、王都に帰るんだね。クロードしっかり送ってくるように」

「はいはい」

「クロードは帰ってくる……?」


 マーサは心配そうな表情をクロードを見上げた。


「俺は王都に行っても住む場所はない」

「いつでも私はここで待ってるから。……それはティナもだよ。いつでも遊びにおいで」


 マーサにぎゅっと抱きしめられると、ティナの胸に熱いものがこみ上げる。


「孫の嫁の気分だったよ」

「よ、よめ……ですか」


 目を涙でにじませながらも赤くなるティナを見て、マーサは目を細めた。


「本当にティナが、お嫁に来てくれたら嬉しかったんだけど」

「なんで俺の婆さん立ち位置なんだよ」

「ふふふ。ティナ、本当にいつでもきてくれていいからね」

「ありがとうございます。手紙も送ります」


 もう一度抱きしめられて、ティナはあたたかな腕の中で涙をこぼした。


・・


 旅は楽しかった。

 今まで王都からティナは離れたことがなかった。近辺の村に奉仕に出かけたことなどはあるが、長旅は初めてのことだ。

 観光をしているわけでもなく、馬車で進み続け夜になれば、街の宿で一泊するだけだったが、それでもティナにとっては楽しかった。


 だからこそティナは王都に近づくのが寂しくて怖いのだ。


 王都までの道が半分ほど過ぎた頃。馬車に大きな鳥が止まる。


「旅はどうだい、お二人さん」

「イリエさん……! いろいろな街を見ることができて楽しいです」

「ティナちゃんが楽しんでいるなら良かった」


 馬車の中に入ってきたイリエは人間の姿に変わり、ティナの隣に座った。


「二つニュースがあるよ」


 イリエが取り出したのは、ティナの姿絵だった。


「どうやら国はティナちゃんのことを大々的に探しているみたいだよ」

「なぜだ。彼女の疑いは晴れたのでは?」

「それが……ねえ、ティナちゃん。ドラン家に行ったことはある?」

「いえ、私はドラン家と関わりはほとんどありません」

「だよねえ」


 イリエの問いにクロードとティナは不思議そうな表情に変わる。


「俺もそう聞いてたんだけど……なんだか、ティナちゃん、ドラン家に監禁されてたことになってるんだよね」

「ええ……?」

「なぜ」

「うんうん、二人ともいい反応。ドラン家が捜索されて、どうやら監禁部屋を見つけたみたいなんだよ。元クロードの研究室。あそこにティナちゃんが監禁されていたらしい」


 クロードの反応をうかがうようにイリエは目を細めた。

 

「ここにいるティナちゃんって本当にティナ・セルラト?」


 線のように細い目で見つめられて、ティナの身体に力が入る。


「おい、からかうな」

「ごめんごめん。ティナちゃんがいい反応してくれるからさ。とにかく監禁部屋が見つかって、ティナちゃんの私物もそこにあったんだって。それで『ウイルズが罪を着せたティナを監禁していた』と判断されたみたいだね」

「私物……ですか」

「なんだったかな、アクセサリーかなんかが見つかったらしいけど」

「どういうことでしょうか……」

「魔法局の単なる勘違いかもしれないけど。とりあえず今、ティナちゃんを保護しようって動きになっている」


 イリエは続いて新聞を二人に渡した。

 そこには、ティナが監禁されていて決死の想いで逃げ出したこと、彼女を保護してほしいということが書かれていた。


「君、決死の想いで逃げ出したのか」

「……ということになっていますね」


 まるで身に覚えのないことだったが、そのようになっているのだ。


「まあとにかく誰もティナちゃんをもう犯罪者としては見ていない。安心してよ。セルラト家にも伝えておこうか?」

「ぜひお願いします……!」


 国がティナを保護する方向で進んでいるのなら、帰ることを知らせてもいいはずだ。ティナは簡単に手紙を書き、イリエに届けてもらうことにした。


「あと二日もあればつく、と言いたいところなんだけど……もう一つのニュースについてちょっと相談してもいいかな。レジーナちゃんに会いに行かない?」


 イリエは楽しそうにティナを見つめる。

 ここでレジーナの名前が出てくると思わなかったティナは驚いたようにイリエを見つめる。


「いろいろと嗅ぎ回っていたのがレジーナちゃんにバレちゃったんだよね。俺、実は普段は魔法局に勤務しているんだ。ちょっと変装してるけどね」


 イリエが魔法局所属いたことにティナ驚いたが、クロードはもともと知っていたようだ。特に動じた素振りはない。


「魔法局で転移を専攻している。物を移動させたり、人を転移させる研究をしているところね。アルフォンス王子も同じ専攻だから、王子に嗅ぎまわってるのバレたらやばいんだけどねえ」

「お見かけしたことありませんでした」

「普段は目立たないようにひーっそりしてるからね。俺はティナちゃんを見たことがあるよ、時々王子といたからね。

 ——で、話がそれちゃったんだけど、ベレニス事件について探っていたら、同じく事件を探っていたレジーナちゃんに気づかれたんだよね」


 レジーナがベレニス事件について探っていた。

 その事実に、ティナは緊張する。


「レジーナちゃんは独自に調べているみたいで……同じくこそこそしていた俺に気づいたみたい。レジーナちゃんずっと俺を見張ってたみたいでさあ、ティナちゃんを隠してるんじゃないか、まで気づいたんだよねえ」

「おい。国の人間に気づかれていないだろうな」

「たぶん……ま、ティナちゃんはもう無罪だからそれはいいじゃん。で、レジーナちゃんが王都に戻る前にマリオット領に寄ってほしいと言っているんだよ」


 クロードが警戒心をあらわに訊ねた。


「なぜマリオット領に」

「王都では話せないことがあるらしい。レジーナちゃん、最近衛兵に監視されているみたいなんだ。僕もそれは気づいたよ。面会の後くらいかな、ずっと追われてる」

「それは彼女が疑われていたからか?」

「んー、わかんないけど。だから俺にも詳しい話ができないんだってさ。だから王都に戻る前にマリオット領で話がしたいみたい。どうする? ちなみにマリオット領はここから半日ほどで、レジーナちゃんはティナちゃんと話をするためにマリオット領で待ってる」

「彼女の意図が分からないな」

「さあ? なんでだろうね。王都に行くまでにティナちゃんを殺したいとか?」


 イリエは楽しそうに口角を上げた。


「いちいちからかうな」

「どうする? 危険もあるとは思うけど、レジーナちゃんが回りくどいことまでして話したい内容気にならない?」

「行きます。レジーナ様とお話したいです」

 

 ティナはすぐに結論を出した。イリエは目を細め、クロードは小さくため息をつく。


「私はレジーナ様を信じたいのです。まずは自分で話を聞きたいです」

「クロードもいいよね」

「彼女が決めたならそれでいい」


 イリエは笑うと、馬車の従者に行先をマリオット領へ変更するように告げた。

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