4-3 四人の婚約者候補
イリエはもう一枚資料を渡した。人の形のシルエットが描かれていて、喉仏のあたりから胸元にかけて真っすぐな赤い線が引いてある。
「これは?」
「これはベレニスちゃんの怪我の状態。首から胸元までぱっくり抉られていたみたいでね。傷自体は浅いけど、ぴーって線のような傷が残っちゃってるらしい。
――エイリー家はこの傷をもとに、ぜひ婚約者に、と詰め寄っているみたいだ」
「そういうことか」
クロードは納得した表情を見せて、隣にいるティナは顔を曇らせた。
「そんな……傷が残るだなんて」
「ああ、気に病むことはないよ。俺もこっそり彼女の傷を見たけど。あれはすぐに治るね」
イリエは肩をすくめて笑う。
「わざと残しているということだな」
「うん、その傷をもとに責任を取ってほしいと王家に訴えているわけ」
「ですが……アルフォンス殿下がつけた傷、ではないですよね」
「そう。だけど王子は優しい人だからね、情に訴えかける作戦なんじゃない? 女の子にとって胸元の傷なんて治したいだろうに、エイリー夫妻は娘が被害にあったことよりも、娘を王子の婚約者の椅子に座らせることに必死なんだよ、ひどいねえ」
「しかし婚約者の座を勝ち取るには、傷だけだと弱いだろう。それでも傷を一番アピールしている。だからこそ――エイリー家は黒幕ではないかもしれないわけだな」
「そういうこと」
指をぱちんとイリエは鳴らした。ティナもイリエの言っている意味がわかった。
エイリー家はティナから魔力を奪っていない可能性が高い。ティナから魔力を奪いベレニスの魔力が高くなれば、家柄的にもベレニスは選ばれる可能性が高いのだから。
それなのに傷を一番の理由として押し出している。
「昨日、婚約者候補四名全員が魔力測定を行った。今回と比較されている数値は約半年前。この国の学園生と魔法局の人間は一年に一度、魔力測定が義務付けられているからね。半年前の定期測定と比べた結果だよ」
イリエは数値が乗った書類も机に並べた。
「ベレニスちゃんの魔力量は半年前と比べて全く変化なし。
彼女が狂言で同情を買って婚約者におさまる方法にしては今回の事件はリスクが高すぎるように思えるんだよね」
「首元を狙うのは死や魔力の損失に繋がるからな」
魔力の核が壊れてしまえば、魔力は消えてしまう。そうなれば婚約者候補どころではなくなってしまうだろう。
「単に何も考えていなかったり、娘を使い捨てようとした可能性もあるが……どちらにせよエイリー家は種には関わっていないのか?」
「エイリー家の誰かの魔力が不自然に魔力が上がっていないか、は引き続き注視してみるよ。ベレニスちゃんは家族のための使い捨ての道具かもしれないからね。処分しても構わない子で必要な魔力は別の誰かに、とか」
イリエは含みを込めて細い目をクロードに向ける。
「どちらにせよベレニスが容疑者が外れたわけではないがな」
「まあね。では次の候補者の話をしようか。次はビヴァリー・ウェイト。彼女も四年前の婚約者候補の中にいた人だね」
イリエはそういうと紙を机の上に置いた。
ビヴァリー・ウェイト。ウェイト侯爵家の次女で、ベレニスと同じく回復魔術を専攻している。
ティナは幼少期から彼女のことを知っている。家柄的にも魔術師の能力的にも、未来の王妃として申し分ないご令嬢だ。
「そして……ビヴァリーちゃんの魔力は、上がっていた」
イリエが並べる魔力測定結果を二人は覗き込む。
彼女の魔力の数値は目に見えるほどにあがっていた。
過去のティナのように倍増というわけではないが、半年前に比べて二割ほど増えている。
「なぜ昨日魔力測定が行われたかというと、ウェイト家が申し出たみたいなんだ。婚約者を選定するにあたり、最新の数値を確認するべきだ、と」
「それでビヴァリー・ウェイトは数値が上がっていたと」
「ね、怪しいでしょ。ティナちゃん、ビヴァリーちゃんのことは知っている?」
イリエはにやりと笑ってから、ティナに視線を向けた。
「ええ。彼女も私と同じ年で、学園や魔法局でもご一緒することもありました」
「彼女とは親しかったの?」
「ベレニス様と同じく、家同士の付き合い程度です」
クロードの言う、貴族的なつながり、と言われるものだ。
「じゃあ恨みは考えられないってこと?」
イリエの質問に一瞬ティナの表情が暗くなる。
「いえ……心当たりはあります。ビヴァリー様は四年前の婚約者選定で、最も有力な候補者だったと伺っています」
「へーえ?」
イリエの目が三日月のような形になった。
「私に恨みを持つなら、ビヴァリー様個人、というよりもウェイト家、と言ったほうが正確かもしれませんが……」
「ますます怪しくなってきたねえ。ちなみにビヴァリーちゃんとベレニスちゃんは親交はある?」
「お二人とも回復魔術専攻ですから、私よりは関係が深かったかもしれませんね。私と同様、家同士の付き合いもあったと思います」
「ティナちゃんを婚約者からおろして魔力を奪い、ついでにベレニスちゃんを痛めつけようとした可能性もあるわけだね」
ティナはビヴァリーのことを思い出してみた。はつらつとしていて明るく、いつも他の生徒に囲まれているような雰囲気の令嬢だった。
「そういった陰湿なことをするような方には思えませんでした」
「人の裏側なんてわからないよ。貴族は特にね。本人ではなく、親が関わっている場合だってあるし」
そう言いながらイリエは紙をぺらりとめくる。その紙に書かれた名前を見て、我慢できずに笑顔をこぼす。
「ビヴァリーちゃんについてはこれくらいかな。
そして、残りの婚約者候補二人だけど……君たちそれぞれに関係した人が選ばれていたよ」
細い目の奥が楽しげに光った。
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