4-2 四人の婚約者候補
オレンジ色の明かりが部屋に灯る夜、二人きりの夕食。
今日マーサの家で作ったスープを食卓に並べている。根菜がごろごろと入ったシンプルなスープだ。
「どうでしょうか……」
スープが入ったカップを前に、ティナはおずおずと訊ねた。
ティナの視線に負けたクロードがスプーンで根菜に触れると、ほろほろと崩れていく。しっかり煮込んだ成果がでている。
「あまり見られると食べにくいんだが」
「す……すみません、気になってしまって」
「味見したんだろ?」
「それはそうなのですが、食べていただくとなると緊張してしまって」
ティナは口元を歪めながら笑った。本当に緊張しているらしく頬がうまく動かないのだ。
「大げさだな」
そう訊ねながらティナも口に入れた。根菜はほくほくと舌の上でとろけ、優しい甘みが溢れる。
「……どうですか?」
大きな目が一挙一動を見逃さない、と言わんばかりにクロードを見つめる。
「悪くない」
そっけない一言が放たれたが、緊張したティナの頬を緩めさせる効果は抜群だった。
「何がそんなに嬉しいんだか」
破顔したティナを見てクロードは呆れた声を出した。
「君の今までの食事のほうがいいだろう。こんなスープで喜ぶのは意味がわからない」
「えー? クロードも嬉しそうだけどね?」
出窓から楽しそうな声が聞こえたかと思うと、黒い物体が家の中に飛び込んできた。
「なになに? ラブが始まる瞬間見ちゃった? クロードったら、ニヤニヤしちゃって」
黒い大きな鳥は一瞬でイリエの姿に変わり、この場の誰よりもニヤニヤしているイリエは机の近くの木箱に腰をかけた。
「していない」
「口元がにやついてた」
「どこが」
「イリエ様、こんばんは。よければ、召し上がりますか? 初めて作ったのですが、クロード様も美味しいと言ってくれました……!」
自信をつけたティナがにこにことイリエに訊ねる。美味しいとは言っていない、とクロードがひねくれものの呟きを漏らす。
「えー、ほんと? じゃあいただいちゃおっかな。てか、様付けとか堅苦しいから、気軽にイリエでいいよ」
「では……イリエさん。どうぞ」
ティナは自信作を食べてもらえるのが嬉しいらしく、弾むように暖炉まで移動した。鍋からスープをすくうとイリエにカップを手渡す。
「なんか感動しちゃうなあ。クロードが誰かと団らんしている姿」
「情報を仕入れてきたんだろ。さっさと話せ」
「えー、俺も団らんにいれてよ」
「団らんしていない」
「俺も夕食にさせてよー。けっこう大変だったんだからね、調べてくるの」
イリエはいただきますと手を合わせて、スプーンを手に取る。
「言っておくけど、ほんとに大変だったんだからね? ベレニス事件のせいで、情報の取り扱いが厳しくなってるんだよ。ティナちゃんが犯人というのは王家の失態だからね」
「ちゃんと婚約者候補について調べられたんだろうな」
「もちろんだよ。焦らなくても教えるから、待ってよ」
スプーンを口に入れたイリエは「んーおいしい」と大げさな反応をして、ティナがはにかむ。
「嬉しいです! よかった」
「君は緊張感がないな」
「す、すみません……」
「いちいちそんなこと言わなくてもねー。ティナちゃん、口うるさいクロードと住んでて息が詰まるんじゃないー?」
イリエが笑いながら問いかければ、ティナは真面目に首を振る。
「いえ、ここにいるととても自由です」
「それもそっか。ティナちゃんって未来の王妃だったもんね。そりゃそっちの方が息が詰まるか」
クロードの小言など、妃教育の先生に比べれば赤子のようなものかもね、とイリエは笑った。
「クロード様には畑仕事もさせてもらっていますし、マーサさんも料理を教えてくれます。とてもありがたいですし、どれも楽しいです」
「色々やらされてるだけじゃん」
「私からお願いしたのです。新しい経験ができて楽しいです」
「真面目だねえ。それにしてもクロードといて楽な人間がいるとはねー。良かったね、クロード」
「うるさい。食べ終わったならさっさと話せ」
クロードがぶっきらぼうに言うと、イリエは「はいはい」と、肩から下げていた黒い袋から書類を取り出した。
「今婚約者候補としてあがっているご令嬢は四名。
順番に話していくよ。まずはそのうちの一人、話題の人。ベレニス・エイリーの話をしようか。
こないだティナちゃんが語ってくれた通り、四年前に婚約者候補に入っていただけあって家柄的にも魔力的にも適任でもある。ティナちゃんが婚約者の席から退けば、候補として間違いなく入ってくるご令嬢だね」
イリエがベレニスの情報が入った書類を机に出して、饒舌に話し始める。
「そうそう、ベレニスちゃんは医局で治療を受けていて、回復したみたいだよ。今は自分の屋敷に戻っている」
「そうですか、よかった……!」
「君を陥れた犯人かもしれないのに呑気なもんだな」
ほっと胸をなでおろしたティナを、クロードが理解できないといった口調で見やる。
「いやそれが、ベレニスちゃんやエイリー家は黒幕ではないかもしれないんだ」
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