何でもいいは、何をしていいってことだよね?

 首都高に上がって最初のパーキングにトラックを止めると、小柄なオジサンが監禁系地雷AIが支配するパワードスーツの中から解放してくれた。

 「酷い顔だな」

 「オジサンもあの中に入っていればこんな顔になるよ」

 着ていた宿の作務衣に着替えた俺は、トイレに行って自販機でエナジードリンクを買って半分くらいまで一気飲みした。

 「最悪だ……最低だ……」

 追い詰められた人間は本性を現すというが、まさにその通りのことが俺に起きた。

 心に余裕がある時は俺が吾妻さんを助けるんだと意気込んでいたが、いざその時になったら完全にしり込みをして……逃げ出した。そして安堵した。ああ良かったとほっとした。俺が逃げた事で吾妻さんが死ぬと分かっていたのに……俺は助かったと思ったんだ。俺のせいじゃないと思ったんだ。もう助けに行かなくていいんだと思ったんだ。

 「最低だ」

 でもそれが俺の本性なんだ。臆病で卑怯で、情けない……最低な人間なんだ。

 その証拠に、いくら自分をののしっても心の何処かに安堵している自分がいる。仕方ないと諦めている自分がいる。

 「最低だ」

 「だから何だ。最低だから何だ?」

 顔を上げると、小柄なオジサンが俺の前に立っていた。

 「俺を見て見ろよ。チビでガリで性格が悪そうな顔をしている最低な見た目をしている俺を」

 「オジサンが言うほどオジサンの見た目は悪くないですよ。身なりはちゃんとしているし、背筋はビシッと伸びているし、大企業の重役とか大学の教授って言われても誰も疑わないと思いますよ」

 「当たり前だ。俺は少しでも良く見られるように気を付けているからな」

 「そりゃよかったですね。努力が実って」

 「お前は最低のままか?だらしない服を着て卑屈そうに背を丸めて人目を避けるように下を向いて歩くのか?」

 「…………」

 「俺の見た目は最低だが、俺はカッコよく見られたいんだ。可笑おかしいか?」

 俺は首を横に振った。

 「俺も、カッコよくなれますかね。臆病で卑怯な……最低な人間でも」

 「そのためのアーマードスーツだ。あれはジョン・ランボーのために作ったマシンじゃない。俺のような弱い人間のために作ったマシンだ」

 とはいっても、それで何が出来るというのか。たった一機のパワードスーツだけで。 

 「俺はサルの群れみたいに誰が上かのマウントの取り合いをしているスーパーヒーローは嫌いだが、富も名誉も名声も得られないのにたった一人で孤立無援の敵地に潜入して任務を成し遂げる蛇は好きだ」

 「俺の遺伝子に伝説の兵士の劣性遺伝子は入っていないですよ」

 そのための訓練だって受けていない。

 「だからパワードスーツを作った。不可能を可能にするために」

 「声ブタのオジサンはこの作戦以外は無理だって言ってましたよ」

 「あいつは飼い主の命令に従うのが大好きなシェパードだ。無いと言われたらそれ以上は考えない」

 「じゃあオジサンなら考えられるんですか?」

 「私は天才科学者だ。軍事のことは知らん」

 俺は残っているエナジードリンクを飲み干してゴミ箱に捨てる。

 「だからパワードスーツを作った?」

 「AIを作った。不可能を可能にする方法を見つけられるように」

 トラックに戻ってまたあのコンドームみたいなスーツを着てパワードスーツの中に戻る。

 『お帰りなさいませ、ご主人様』

 オジサンがノーマル設定は上級者向けといった意味が分かった気がする。

 「何でもありなんだな、君は」

 キャラ付けされてないって事はどんなキャラをしても構わないと言う事だ。

 『あなたがそう望んだんでしょ?』

 「何でもありとはいってないけど、何でもいいとは言ったね」

 『何でもいいは何をしてもいいということでしょ?』

 「非常に遺憾いかんではあるけど、君の言い分はまったくもって妥当だとうだ」

 ヘルメットのヘッドアップディスプレイに地下施設の3D画像が映る。


 『出入り口が一つしかない地下施設は、出入り口を塞がれたら終わりです』

 出入り口にいる敵を排除しないと外に出られないからね。

 『だから普通は複数の出入り口を用意します』

 「でもそれだと複数の場所から攻撃を受けることになるけど」

 『敵の戦力が分散していれば、救援に来た味方の戦力しだいですが、戦力を集中させて各個撃破できます。でも一か所に戦力を集中されると、敵の戦力や戦術によっては救援にきた味方が逆に殲滅されかねません』

 だから出入り口が一つなんてありえない。何処かに秘密の出入り口があるはず。

 「でも見つかってないんでしょ?」

 『確信が無いだけでそれらしい場所は特定されています』

 「だからその中で一番怪しい所を調べてそこから侵入する?」

 『はあー、これだから素人は。秘密の出入り口を何だと思っているんですか?保育園児が考えた秘密基地の出入り口だと思ってます?違いますよ。誰にも気付かれたくない出入り口ってことなんですよ。分かる?気づかれたら意味が無いんですよ。じゃあどうする?気づかれないように見つかっても見つかった事に気づかないようにしておく?ねえ、バカなの?何で秘密の出入り口なら誰にも気付かれずに侵入できると思ったの?意味が分かんないから論理的に説明してくれる?無理だと思うけど』

 「ふー、ふー、ふー」

 落ち着け。所詮はプログラミングされたAIの戯言ざれごとだ。そういうプログラミングをされたキャラを演じているだけだ

 『あれー?もしかして、おこってるー?本当のことを言っただけなのにー?』

 「このっ……くっ……くっ……」

 『やだー、何そのかおー。童貞が許されるのは小学生までだよ?』

 (ああああああああああああああああ)

 「ふっ、ふっ、ふっ。じゃあ、ふーふー、どうすれば、ふーふー、いいんだ?」

 『童貞君の息の仕方がマジキモくて無理なんですけどー。普通に呼吸できないのー?』

 (動け。動いてくれ。俺はこいつを殴れるなら死んだって構わないんだ!)

 「はっ、ははは……分からないんだ?どうしていいか分からないから答えられないんだ」

 『そういうあなたは覚悟が出来ているんですか?誰も傷つけずに吾妻香織を救出するなんて無理なんですからね?』

 「……ああ、分かってるよ」

 『分かっているなら教えてください。あなたは吾妻香織を助けるために人を殺せますか?善良で優しい誰かを殺せますか?新婚でもうすぐ子供が生まれる父親を殺せますか?一人で子供を育てている母親を殺せますか?』

 俺は首を横に振った。

 「無理だ。殺せない。だけど……見捨ることもできない」

 『それじゃあ、さっきと一緒じゃないですか。また直前になって嫌だ嫌だと駄々を捏ねるんですか?また誰かが止めてくれると思っているんですか?まだ誰かがどうにかしてくれると思っているんですか?吾妻香織が死ぬなんて嘘だと思っているんですか?』

 俺は首を横に振った。

 『これは人の命を何とも思っていない連中が考えたたちの悪い実験なんですよ。だから誰も彼女を助けたりしません。誰も彼女のために命を懸けたりしません。誰も彼女のために戦おうとはしません。だからあなたが何もしなければ吾妻香織は死にます』

 「……でも無理だ。俺には殺せない」

 『なら吾妻香織を助けることは出来ません』

 俺は頷いた。

 「構わない。それで構わないから、吾妻さんを助ける方法を教えてくれ」

 『はあ?言っている意味が分かりません』

 「俺は……俺は臆病で卑怯で、情けない最低な人間だけど……見捨てることはしたくないんだ。死んでも、そんな事はしたくないんだ。そんな人間にはなりたくないんだ。だから教えてくれ。誰も殺さずに吾妻さんを救える方法を。成功する可能性は無くても構わない」

 考えているのか呆れているのか、AIからの返答はなく、ただ一人ぽつんと立っているみたいに何も無い無音の時間が過ぎていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る