知らない美少女に言いがかりをつけられました

 左官職人見習いの朝は早い。

 「いってらっしゃい」

 「行ってきます」

 いつ寝ているのか分からないK先生に見送られて回収ポイントへ向かう。

 場所は研究所のある山を下りた幹線道路沿いにあるコンビニ。

 「オハヨーゴザマース」

 今では珍しくもなんともないコンビニの留学生アルバイトに「あ、おはざーす」と返事を返していつもの朝食をピックアップしてレジに持って行く。

 「547エンデース。ペーペー?」

 「はい。ペーペーでお願いします」

 「ハイ、オシゴトガンバッテ」

 「ありがとうございます。アディさんもお勉強頑張ってください」

 コンビニの前で朝食を食べていると一台の軽ワゴン車が俺の前にある駐車スペースに止まった。

 「おはようございます」

 「おー、おはよう。コーヒー飲むか?」

 「いえ、牛乳飲んでいるんで大丈夫です」

 「じゃあ、ちょっと待ってて。俺も朝飯買ってくるから」

 先輩の車の助手席に乗ってコンビニから戻って来た先輩の運転で今日の現場に向かう。

 「今日の現場は車で行けねえからきついぞ。しかも階段だからな」

 今日の現場は山の中腹にあるお寺で仕事道具や資材を長い階段を上り下りして運び込まなければならないらしい。

 「俺とお前以外は五十六十のおっさんしかいねえからな。頼むぞ、今日は。俺より先にへばるなよ」

 「はい。たぶん大丈夫です」

 極秘裏に受けたがん治療のおかげなのか、完治した俺の体は明らかに以前より力が強くなっているし、ずっと走っていられるくらい持久力もある。

 「先輩、さっき通り過ぎたあの道、寺につながっているんじゃないんすか?」

 ただその入り口には、”私有地につき関係者以外の侵入を禁ず”と書かれた大きな看板が掲げられていた。

 「つながってるよ。でも看板に書いてあっただろ。関係者以外は入るなって」

 「それならお寺に言えばいいじゃないですか。お寺に頼まれて仕事をしに来たんですから」

 「それがそうはいかねえんだよ。タクシーあっただろ?」

 「あーはい。観光バスが駐車できそうな空き地にでっかい看板掲げた」

 「あの道路、そこのタクシー会社と寺が金を出し合って作った道路なんだよ」

 「だから勝手に許可は出せないってことですか?」

 「そう。それで社長がタクシー会社に連絡して通してくれって言ったんだよ。そしたら、金を払って言われたらしい」

 「いくらですか?バカみたいな額を請求されたんですか?」

 「いくらかは知らねえけど、社長がふざけんじゃねえってキレちまったらしくてさ。でも仕事はもう引き受けちまっているだろ」

 「だから……えぇ、それで俺達が重い荷物しょって登らなきゃいけないんすか?」

 「ひどいよな。俺達の苦労よりも自分のプライドを優先するなんてよ」

 車から降りた俺と先輩は荷台に積んでいた道具と資材をかついで中腹の寺へ続く、ガタガタで不揃いの古い石階段を上がっていく。

 「ちっ、あの野郎ふざけやがって」

 階段途中にあるちょっとしたスペースで足を止めた先輩が担いでいた資材を地面に置いて悪態をつくと、スマホを出して何処かに電話を掛けた。

 「おいコラッ!てめーちょっとこっちこいや!あ?うるせえ!ごちゃごちゃ言ってねえで今すぐ来い!」

 「どうしたんですか、先輩」

 「おう、隼人。運ぶのはここまででいいからよ」

 「はい。あの、電話の相手って誰ですか?」

 「社長だよ、あのブタ野郎。ふざけやがって。何がちょっとだよ。大噓こきやがって。むかついたから、あのブタ野郎に全部運ばせてやることにした。でも俺は優しいからな。ここまでは運んどいてやるんだ。へっへっへ」

 へらへら笑いながら階段を下りていく先輩を見送った俺は、邪魔にならない所に運んできた資材を置いて先輩の後を追った。

 

 「すいませんでした」

 怒ったら怖そうないかつい顔をした四十過ぎのおじさん、社長が肩で息をしながら汗だくの頭を先輩に下げている。

 「次からは気を付けて下さいね、社長。うちらは左官屋で荷揚げ屋さんじゃないんですから」

 「はい、すいませんでした。一条君、これでみんなにジュース買って来て」

 「あ、はい」

 俺は先輩たちに欲しいジュースを聞いて寺にある自販機へ向かった。

 (社長って社員に頭下げるんだなぁ)

 会社で一番偉いから、何があっても偉そうにふんぞり返っているんだろうなというイメージが社長という役職にはあったから、さっきの謝罪シーンは予想外の衝撃的シーンだった。

 ガコン。チャリンチャリン。ガコン――

 「ブラックが2で微糖が1。グレープが」

 後ろに誰かが並んだ気配がした俺は、口を閉じて最後の一個を買った。

 そして振り返ったら見た事が無いくらい整った顔をしたまさに美少女が立っていた。

 「お、おおー」

 その後ろにはバレボール選手みたいに背が高くて体格がいい目の前の美少女と同じ制服を着た女子校生がいた。

 「あ、すいません。お待たせしましたー」

 そう言って女子校生たちの横を通り過ぎようとしたら、服の袖を掴まれた。

 「何で久我君がこんな所に居るの?」

 俺の服の袖を掴んだ美少女がにっこり微笑んで言った。

 「え……?いや、違いますけど」

 「違う訳ないでしょ。ねえ、綾小路あやのこうじさん」

 美少女の隣にいる、俺の顔を覗き込むように腰を屈めている背の高い女の子が同意するように何度も頷いている。

 (何だ?何だ、あれか?あの、可愛い子に誘われて下ご心満載でついて言ったら怖いお兄さんたちが待ち構えていて身ぐるみを剥がされるっていう、あれか?)

 「あ、いやいや人違いなんで。俺見習いだからぜんぜんお金持って無いんで」

 「ちょっと何処行く気?綾小路さん、こいつ逃げる気よ」

 美少女がそう言ったら、美少女から綾小路さんと呼ばれている背の高い女の子が美少女が掴んでいる袖とは反対の袖を掴んで、さらに襟首まで掴まれて、俺はその場から一歩も動けなくなった。

 いや無理をすれば動けるし振り払って逃げることも出来るが、俺達の周りには美少女と同じ制服を着た学生が数人いて、中にはスマホをこちらに向けている奴まで居て、強引に動くと騒ぎになる恐れがあった。

 「いやあの、人違いなんですけど、本当に」

 「警察呼ぶから」

 「え?!」(いや、嘘だろ?え、マジで呼ぶの?)

 脅しだと思ったら本当に美少女がスマホで電話をかけ始めた。

 「いやでも俺、何もやってないけど?」

 「は?あ、パパ。うん、今修学旅行で三根寺みねじに来てるんだけど——」

 (パパ?警察じゃないの?)

 「——うん。去年うちの学校で行方不明になった生徒がいるでしょ。うん、そいつが今目の前に居るの。いやなんか本人は違うって言ってるけど。でも間違いなく本人なんだって。そいつのこと知ってる子が隣にいるんだけどその子も間違いないって言ってるし。うん。うん。分かった。早くしてね。集合時間あるから」

 通話を終えた美少女はスマホを俺に向けてカシャと写真を撮った。

 「本人の許可なく写真を撮ると法令違反で捕まるんですよ」

 「私のパパは警察のお偉いさんだから捕まらないわよ」

 (おお。これが俗に言う上級国民というやつか)

 「大丈夫ですか、如月さん!」

 こっちに近寄って来ていた3人グループの男子高校生の一人が美少女に声を掛けて俺を睨みつけた。

 「おいてめー、如月さんに何した?!」

 (何もしてませんけどー。むしろ、何かされているのは俺なんですけどー)

 なんて言ったら余計に面倒な事になりそうだから言わないけど。

 「もう大丈夫っすよ。後は俺達に任せて下さい」

 美少女と同じ学校の男子生徒だから美少女に良い所を見せたいんだろうな。

 俺の服の袖を掴む美少女と背の高い女の子に代わって俺を捕まえようとした三人の男子高校生がさらに近寄って来て、俺の服の袖を掴む美少女たちの手の力が緩まる。

 (はい、ここです!)

 「さらだばー!」

 意表を突くエビダッシュ。バックステップからの反転ダッシュ。コンビニのレジ袋に入ったジュースをラグビーボールのように片腕に抱えて目の前の塀を壁蹴りで飛び越え、塀の反対側にある小道に膝をしなやかに曲げて軽やかな着地を決める。そして俺は言った。

 「人違いだって言ってるだろが、このバーカ!ハッハッハ」

 

 

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