美少女は疑っている

 私の人生において信用出来る男というのは、家族を除くと皆無といっていい。

 故に私は出会う男全てを疑いの眼で見ている。

 故に私には分かる。

 —如月さんて、うざいよね。

 あいつは嘘を吐いている。あの、いつも無愛想な顔している男は他に類を見ない真っ赤な嘘を吐いている!

 なぜなら、この学校一の美少女と一緒にいてうざいなんてありえないからだ。

 「ちよちゃんどうしたの?なんか、怖くない?怒ってる?」

 「退学になりたいの?前を向いて二度とこっちを見るな」

 横の席のナンパ男は私に何を言われてもこたえないし、気にしない。

 何故なら、私が学校一の美少女だからだ。

 後ろの席にいた今は退学になっていない盗撮男は、私にスマホを叩き壊されても嬉しそうに笑っていた。

 それは、私が学校一の美少女だからだ。

 前の席のニヤニヤ男も私にキモいと言われるたびに嬉しそうな顔をする。

 電車に乗れば車内の全ての男の視線が私を向く。

 何故なら私は、そいつらが見た事が無いくらいに魅力的な美少女だからだ。

 パスカルも言っている。

 誰もが認める絶世の美少女は、抗う事も否定することも出来ない理屈を超えた存在だと。

 だから誰もが抗う事も否定する事も無く私を可愛いという。

 だから私は疑っている。

 あのいつも無愛想な顔をしている男を。

 だから私は彼の姿を探した。

 「本当は私のことが気になって仕方ないんでしょ?」と聞くために。

 「本当は私と一緒に登校できて嬉しかったんでしょ?」と問い詰めるために。

 でも彼は学校にいなかった。

 (この私の追及を恐れて逃げた?)

 でなければ、秋の寒暖差で体調を崩して風邪でも引いたのだろう。間抜けめ。


 『—の鬼猿山の山頂近くにある山小屋付近で久我健人くがけんとさん16歳が行方不明に――』

 「どうしたの、バイオレット」

 パパの職場が開いている護身術の訓練会に参加していた私は、そこの休憩室に置かれていたテレビで彼が山で遭難した事を知った。

 「パパ?ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 私のパパは世界の裏側を調査・監視、取り締まっている公安警察という組織でかなり偉い役職に就いている。

 だから山で遭難した同級生の捜索状況を聞くことはさほど難しい事ではない。

 「捜索状況は報道の通りだ。それで、彼は千代の何なんだ?」

 「何で彼は山に登ったの?」

 次の日も学校があるのに泊りがけの登山に行くなんておかしい。

 「母親と妹に聞いた話によると、休みが不規則な父親が趣味の登山に行く時は、彼は学校があってもついて行っていたらしい」

 そんなに山に登るのが好きなの?

 「理由は、父親が一人で登っていて何かあったら絶対に後悔するからだそうだ。千代と同じ学校だな?クラスは別みたいだが、友達か?友達だよな?」

 「その話は本当なの?」

 「彼が通っていた中学校の当時の担任がその話を認めているから全くの嘘という訳ではないだろう」

 「彼が遭難した時の状況を聞かせて」

 「父親が言うには、起きたらいなくなっていたそうだ」

 「信じたの?」

 「山小屋に止まったのが父親と息子の二人なら信じないが、その時山小屋には他に3人の登山客が泊まっていた。山小屋に部屋は一つしかない」

 「その3人につながりはあるの?」

 「いや、今のところは何のつながりもない3人だ」

 「本当に?同じ部屋に彼を除いた4人が寝ていたのに、誰も彼が部屋を出て行くのに気づかなかったって言っているのよ?」

 「彼が気づかれないように出て行ったのなら気づかなかったのも無理のない話だ」

 「本当に?」

 自分の家でも物音を立てずに部屋を出て行くのは難しいのに、4人も居る山小屋の部屋から誰にも気付かれずに出て行くことなんて本当に出来るの?

 「不審に思う気持ちは分かるが、世の中には起こるべくして起きた事故とありえない偶然によって起きる不運な事故がある」

 「偶然、彼が部屋を出て行くのに誰も気づかなかった。そして偶然彼は行方不明になった?不運にも?」

 「軽い気持ちで外を出歩いたら遭難してしまったんだろう」

 「彼がそんな軽率なことをするとは思えないけど」

 「何で彼がそんなことをしないと思うんだ?彼とはどういう関係なんだ?」

 「現場に行きたいんだけど」

 「現場は捜索隊が宿泊する事になっている」

 「ならその人達に言って確かめさせて。皆が寝静まっている中を誰にも気付かれずに外に出ることができるのか」


 私は無理だと思っている。気づかれたら死ぬというぐらいの覚悟を持って慎重にやっていたら別だけど。でも何で彼がそこまでしなきゃいけないの?彼がそこまでする理由って何?彼にそんな理由があるとは思えない。


 「パパの所で捜査できない?その山小屋に泊まってた人たち全員怪しいと思うんだけど」

 「バカを言うな。何の証拠も無いのにそんなこと出来るか。管轄だって違うのに。だいたい、何で私がそこまでしなきゃいけない」

 「パパは警察官でしょ?犯罪が起きたら調べるのが仕事でしょ?」

 「何でも調べられるわけじゃない。犯罪の種類ごとに専門の捜査チームがあって、その垣根かきねを勝手に越えて捜査することは出来ないことになっている」

 「でもパパの所は何でもできるんだよね?必要なら、誰にも言えない方法で捜査することも出来るんでしょ?」

 「だから簡単には出来ない。どんな手を使ってでも調べる必要があると認められない限りは」

 「でも彼が誰にも気付かれずにいなくなるなんてありえない。彼は名探偵でもなければ凄腕の元少年兵でもない。ただの高校生よ」

 「ありえない事が起きるのが不運な事故だ。だが運が良ければ見つかるだろ」

 「見つからないわ。だって彼は、暗い山道を歩いて迷子になるような間抜けじゃないもの」

 「千代にその子の何が分かる?まさか、彼氏とかいうんじゃないだろうな」

 「彼はただの同級生よ。一緒に登校したことがある顔見知り以上友達未満の」

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