第4話 足りないもの

「今日もおつかれさまっ!」


 その言葉と同時に地獄が終わる。


「ありがとうございまし……たっ」


 言い切る前に崩れ落ちる。地獄が始まってから三ヶ月が過ぎたが、まだミーシャに一撃も入れることが出来ていない。今では竹刀ではなく、お互いに本物のロングソードを持って訓練している。


 少しずつではあるが、成長を実感していた。重くて振るのも困難だった剣を、今では、ある程度思い通りに振ることが出来ている。


「しょーた、そろそろ次のステップに進もうか」


「ミーシャさん、それはさらに修業が厳しくなるのでしょうか……?」


 ミーシャが笑っている。怖い……


「厳しくなるかもだけど、それは置いといて」


 あっ、厳しくなるんですね。


「しょーたの型を決めようかなって」


「型?」


「そう。私みたいに力のない人は、細い剣を使ってスピードに特化させるスピードタイプ」


 ミーシャに力がない……?ロングソードを男の俺以上のスピードで振っておいて……?


「重たい剣で叩き潰すパワータイプ、スピードとパワー半々のミドルタイプ。基本はこの三つかな。」


 パワータイプは論外、ロングソードを振るのですらきついのに、これ以上重たいのは無理だ。となると、スピードタイプかミドルタイプのどちらかだ。

「パワータイプは厳しいと思う。ミドルかスピードだな」


「ミドルはある程度力は必要だけど、剣が当たればそこそこのダメージは入るの。スピードタイプの剣は取り回しやすいけど、しっかり弱点を狙わないとまともなダメージは入らない」


「スピードタイプの剣をみせてくれないか?」


「いいわ、ちょっと待ってて」


 ミーシャは剣を取りに行きすぐに戻ってきた。


「これ」


 軽くて細い。レイピアより少し太いかな。そして、持ってみて分かった。俺が使ったら折れる、間違いない。多少雑に使っても大丈夫なロングソードがいいだろう。


「ミドルタイプにするよ」


「そう、じゃあそのつもりで進めるね」


 ロングソードをしっかり扱えるように筋力を鍛えないとな……


 その日はご飯を食べて寝た。


 そして更に三ヶ月が過ぎる。剣の特訓を開始して半年、日本からこの世界に転移して一年が経過していた。


「しょーた。今日は、王都に行くための試験をします」


 ミーシャがいきなり試験なんて言いだした。


「試験?」


「そう、しょーたはこの半年で見違えるほど強くなった。だけど、一番大切なものが足りてない」


 足りないもの? 実力以外に何かあるのだろうか。


「本当に身を守れるのか、最後の試験をさせて。これをクリア出来たら、私はしょーたを一人前として扱うわ。もしダメだったとしても、一か月後にまた試験する」


 クリア出来なければ、一ヶ月ずつ王都に行くのが後ろにずれるってことか。


「試験内容は?」


「本気の私から十分間、自分の身を守り続けて。倒れて動けなくなったら失敗。簡単でしょう?」


「分かった」


 実践形式の試験らしい。レザーでできた鎧を着る。そして、お互い剣を構える。


「お母さん、合図をお願い」


エレナさんが右手を上に掲げる。そしてミーシャの雰囲気が変わった。右手が振り下ろされる。


「始めっ!」


 合図と同時にミーシャの姿が消えた⁉


 右だッ!咄嗟に右側を剣でガードする。ガキンッ!剣と剣がぶつかり合う。


「やるじゃない」


ミーシャは後ろに飛び、剣を構えなおす。ギリギリだった。少しでも反応が遅れていたならばまともに食らっていた。


ミーシャが間合いを詰めてくる。一歩踏み出しミーシャに切りかかる。しかし、剣は空を切った。瞬間、右わき腹に強い衝撃を感じ、俺は吹き飛ばされていた。


「ぐあっ」


 地面に転がり落ちる。


「言ったはずだよ。攻撃の直後は隙ができるって」


 よろけながらも立ち上がる。


「今、盗賊が相手だったらしょーた死んでたよ」


 そうだ、危険はモンスターだけではない。盗賊だっている。町や村は結界で覆われていて、強いモンスターは入ってこないが、そんな結界の外で生きている盗賊は強い。


 俺は剣を構えなおす。


「準備は整った?」


 ミーシャの目は冷たい。濃厚な殺気を纏わせている。


「ああ」


 ミーシャは優しい。盗賊やモンスターが相手ならば待ってはくれないだろう。


 呼吸を整え、集中する。そして、再びミーシャが消えた。


 近くに現れる、ミーシャの剣筋を見極めて受け流す。反撃など考えない。ただひたすらに受け流す。


 ミーシャは言った。十分間身を守れと。クリア条件は戦闘不能にならないこと。ただ生き残ればいいのだ。だが本質は違う、これは格上の相手と戦闘になった時、いかにして生き残り、ミーシャが来るまで持ちこたえる。そんなテストだ。


 五分が過ぎただろうか、俺は攻撃を受け流し続けていた。すると、ミーシャの動きが止まる。


「うん、想定以上だね。あと三ヶ月はかかると思ってたんだけどね。試験の意図を理解してくれてうれしいよ」


「そりゃどーも、死にかけですけどね」


「あと五分残ってるけど、次の技を受けて立って居られたら合格にしてあげる」


 そう言うと、ミーシャは剣を構えた。あの構えは突きだろうか? 次の瞬間ミーシャの剣が光り始める。


「“活心流”煌心突きっ‼」


 ミーシャの全身が光に包まれ、光が突っ込んでくる。


 ダメだ、こんなの受けられない! その瞬間理解した。俺に足りていないもの。


 そして俺は、剣を捨て、真横に飛び込む。剣を捨てるなんて、剣士の恥だと言われそうだが、こんなの受けたら死ぬ。


 刹那、横を光が通り抜けていく。光が通った後の地面には黒い線が通っている。


 生き残った。


「正しい選択をしてくれると信じてたよ」


 俺は地面にへたり込んでいて動けない。声も出なかった。


「あらら、動けないか」


 ミーシャが手を差し伸べてくれてようやく立ち上がる。


「死ぬかと思った……」


「逃げる以外の選択肢を取ってたら死んでたね!」


 ミーシャは笑いながら告げる。さっきまでとは別人だ。殺気も感じない。


「でも、合格おめでとう。これでしょーたを王都までの旅に連れて行っても大丈夫だね」


「ありがとう」


 まだ心臓がバクバク行っている。これが死の恐怖。森で遭難した時とは比べ物にならないほどの濃密な恐怖だった。


「ミーシャ、やりすぎよぅ。しょーた君が死んじゃうんじゃないかってハラハラしたんだから……」


「しょーたが思ったより強くなってて、つい本気出しちゃった」


 テヘッ! みたいな顔で言っている。


「まさか、試験で死にかけるとは思わなかったよ……」


「ごめんね、でも、絶対に生きるって、生き残るんだって意思が無いと人間ってすぐに死んじゃうんだよ。それくらい外は厳しいの」


「まぁでも、合格で良かったよ。で、いつ頃出発するんだ?」


「明日」


「明日!? 早くない?」


「明日って早くないかしら、もうちょっと居たっていいじゃない」


「ダメだよ。早い方がいい。しょーただって、一年はこの世界にいる。家族の為に早く帰ってあげた方がいい」


 そうだ、もうこの時点でこの世界に一年もいる。王都に行くのだって半年はかかる。早く行った方が良いだろう。


「そうだな、早い方が良い」


「寂しくなるわねぇ……明日でしょーた君とは最後になるかもしれないのよね。じゃあ今日はとびっきり美味しいものを作らなきゃね!」


 エレナさんは台所に行ってしまった。


「今日のうちに準備は終わらせるからね」


「了解」


 ミーシャの試験を突破した俺は、出発に向けて準備するのだった。

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