第2話 異世界
男はベッドの上で目が覚めた。知らない天井。あたりをキョロキョロと見まわす。すると、近くにパンと水が置いてある机が目に入る。どのくらい眠っていたのだろう、そんなことを考える間もなく起き上がり、パンにかじりついていた。男の空腹は限界だった。
「ゴホッゴホッ・・・・・・」
勢いよく食べたので、気管にパンが入りむせる。すぐに水を流し込み、何とか事なきを得る。
食べ終わってから思ったが、人様のものを勝手に食べた罪悪感を少し感じる。家の住人を見つけて謝ろう。こうして生きているということは、この家の住人が助けてくれたのだろう。しっかりお礼も伝えなきゃな、そう思いながら、家を探索する。しかし、人の気配はなかった。
家を出ようと、ドアを開けた瞬間、目を覆いたくなるほど、眩しい光が差し込んでくる。手で光を遮りながら外に出た。目の前には黄金色の畑が一面に広がっていた。見回しても他に家は無かった。
住人を探すために農道を少し歩く。すると農作業をしている人を見つけた。歩いて近づく。農作業をしているのは女性が二人、見た目から母と娘だろうか。向こうもこちらに気が付いたようだ。若い女性が、こちらに走ってくる。茶髪で髪の長い活発そうな女の子だ。
「〇△$%&●♯%〇□!!!」
え、何を言っているのか分からない。俺は頭を抱えて地面に座り込む。女の子はキョトンとしているが……通じるか分からないけど、日本語で話しかけてみるか。ワンチャン通じる可能性に賭けよう。
「あの、助けていただき、ありがとうございました」
女の子は首をかしげている。すると母親らしき女の人がやってきた。
「%&$#□△%&〇」
やっぱりわからない。
「エイゴ、ワカリマセン……」
ダメだ、親子二人して、キョトンとしている。いやー、困ったな。まさか気づいたら海外にいるなんて。目の前にいる二人も、どう見ても日本人じゃないしな……話す言葉も聞いたことが無い。英語わかりませんとは言ってみたけど、たぶん英語ではない。ここはどこなんだ……
そんなことを考えていると、何か二人で話し合っていた。聞き取れないので、二人が話しているのを見つめていた。
話し終わったのか、若い方の女の人が手を掴んで引っ張ってきた。されるがままにしていると、家に連れてこられていた。さっき俺が目覚めた家。この人たちが助けてくれたのは間違いないようだ。
家に入るなり、椅子に座らされた。母親と娘が、台所のようなところで、料理を始めている。ご馳走してくれるのだろうか?あれから、何日経ったんだろうとかぼんやり考えていたが、そんな思考は次の瞬間には消えていた。母親が手から火を出してコンロに火をつけていたのだ。見間違い……だな! きっと! チャッカマンかライターを持っていたんだ。そうに違いない。そう思うことで平常心を保つ。
でもよくよく考えてみればおかしい点が多い。まずこの建物。木造の平屋っぽい、それだけならおかしくは無いのだが、電子機器らしきものが一切ないのだ。テレビ、冷蔵庫、エアコン、電子レンジ、時計に至るまで何もない。コンロも鍋の下に木を置いて、それが燃えているだけだった。
そして俺のスマホもずっと圏外の表記だ。俺のスマホを娘は、不思議そうに見つめている。スマホを知らないのだろう。と、すると発展途上国の田舎とかだろうか。
そうこうしていると、料理が出てきた。木の皿にシチューが盛られている。母親は、俺の目の前に出してくれた。とてもいい匂いがする。娘がパンとスプーンを持ってきてくれた。
母親は優しい笑顔でこちらを見ている。
「いただきます」
手を合わせて言い、パンをひとかけらちぎり、シチューにつけて口に運ぶ。うまい……そこからは手が止まらなかった。いつの間にか涙も出ていた。
暖かいものなどもう何日も口にしていなかった。思えば、最近は、カップラーメンばっかり食べていたっけ。人の手料理など何年も食べていなかった気がする。シチューを食べながら、実家の母さんのことを思い出していた。急に失踪して行方不明になっているって連絡が行っているのかな、そうすると心配かけてるだろうな。そんなことを思いながら、顔をぐしゃぐしゃにしながら食べた。そんな俺を見ながら、二人は微笑みながらシチューを食べていた。
その日の夜、これからどうしようと考えていたら、母娘が布団を用意してくれた。日本にあるようなふかふかの布団では無かったが、よく眠れた気がする。
その日から、言葉の通じない、母娘との不思議な三人暮らしが始まった。朝は近くの川で、水を汲んで、昼は畑仕事、夜は、娘さんが言葉を教えてくれた。一か月が経つ頃には、自己紹介くらいできるようになった。
「私の名前は翔太。米沢翔太」
「しょーた?」
名乗るのに一か月もかかってしまったが、順調に言葉を覚えている。そして、母娘の名前も教えてもらった。娘の方はミーシャ、年齢は十七歳らしい。母親の方はエレナさんというそうだ。
さらに半年が過ぎた。そのころにはほぼ、会話に支障がないほど、話せるようになっていた。英語なんて何年勉強しようが、身につかなかったのに、人は必要に迫られるとなんでも出来るものだ。
この場所のこともある程度は分かってきた。ミーシャとエレナさんに聞いてもみたが、日本という国は知らず、世界地図にも日本は無かった。日本どころか、そもそも世界地図自体が知っている物とは全く違っていた。
そして、この場所は、スリジャヤ大陸にあるシーギリア王国の一部らしい。前にいた世界とは全く別の、異世界に来てしまったようだ。
ある日の晩御飯時、異世界から来てしまったこと、ミーシャとエレナさんに話した。
「エレナさん、ミーシャ、聞いてほしいことがあるんだ」
「どうしたの?」
「笑わないで聞いてほしいんだけど、俺、多分この世界じゃないところから来たと思う」
「え?」
二人はポカーンとしていた。それもそうだ、いきなりこの世界じゃないところから来たって言われても意味不明だ。
「前に日本の話をしたと思うんだけど、この世界の地図に日本は載ってないし、知ってる世界地図と全く違うんだ」
「じゃあ、どうやって来たのかしら?」
エレナさんが首をかしげながら聞いてくる。
「そう、そこなんですよ。働いた帰りに、気を失って気が付いたら森にいたんです」
「私が、しょーたを見つけた森ね?」
「そうだよ」
俺は森で倒れているところをミーシャに助けられたのだ。
「そうねぇ、この辺の言葉でもなかったしねぇ。でも別の世界から人が来るなんて、聞いたことがないわぁ」
「お母さん、私はしょーたが嘘をついているとは思えない」
「私だって嘘をついているとはおもってないわよぅ。この件は調べた方がよさそうね。しょーた君。あなた元の世界に帰りたい?」
「帰りたい……です……」
偽らざる本音だった。
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