3ー2 黄金の砦

 全員が息を殺したまま、およそ10分が過ぎる――。

 兵士の画像が復活したときには、部隊は暗い場所にいた。入り口を発見し、洞窟に侵入したようだ。

 レネが息を荒くし、通信を翻訳する。

「襲ってきたロシア軍は少数のパトロールで、殲滅したそうです。こちら側に大きな被害はありません。狭い洞窟を見つけて中に入りました。中継器は設置しましたが、通信が乱れる心配がある――と。ロシア軍の増員も警戒しています」

 兵士たちは、炭鉱の坑道のような場所を下っているようだった。狭すぎて一列になって進むのが精一杯のようだ。ノイズが混じった画面からも、息苦しさが感じられる。しかしそれもすぐに終わり、先頭の兵士のカメラがいきなり広がった空間を映し出す。兵士たちが通路を出て、奥を警戒しながら横に広がる。

「洞窟は、大きめの一軒家が入るほどの広さのようです」

 下を向いた傭兵のカメラが映し出したのは、ゴツゴツした岩場を流れる細い水の流れだった。何本もの流れが、所々で地面に吸い込まれている。下には地下水脈があるらしい。1人が水たまりに手を入れた。底を探って取り出した泥の中には、ライトを浴びて光る粒が大量に含まれている。

 その映像に、全員が息を呑んだ。

 最初に声を絞り出したのは、宮下だった。

「おい……本当にあったのかよ……」

 リナがうなずく。

「あの粒……砂金のようだと言っています……」

 皆、モニターに食い入るように身を乗り出している。

 だが、周囲を見渡す兵士たちの映像に光る金属は見当たらない。

 中西がつぶやく。

「だとしても、黄金は持ち去られた後のようだな……。もしもこの場所に砂金が敷き詰められていたなら、確かに一国が興せる量になるかもしれない……」

 言葉を失っていた野村が、まだ信じられないようにうなずく。

「まるで映画みたいだ……。砦は……実在していたんだな……」

 レネが悔しそうにつぶやく。

「何かはあると期待していましたけど……本当に黄金が見つかるなんて。でも……誰かが先に奪ってしまったんですね……」そして、自らを励ますように言った。「まだ残っている物があるかも! 内部を探らせます!」

 中西もうなずく。

「黄金を奪ったのがロシアなら、当然場所も分かっている。なのに執拗に野村を殺そうとしてきた。まだ知られたくない何かが隠されていると考えているのかもしれない」

 宮下が言った。

「ロシアは何度も政変を繰り返している。その混乱で、場所の記録も失われた可能性がある」

「だが、何かを恐れていることは確かだ。探し出さないと!」

 マップで方角を確認していた野村が言い添える。

「この洞窟、ラウス山の方向に向かって伸びている。山はアイヌにとって神聖な場所だ。何かを隠すなら、奥の突き当たりだろう」

 うなずいたレネがヘッドセットに指令を発する。兵士たちは洞窟の奥をライトで照らしながら進んでいく。数10メートル先には、行き止まりの壁が崩れたらしい岩や小石が積もっていた。兵士たちが黙々と小石を退けて、埋れた物がないかを探り始める。そうしておよそ20分――乾いた岩の下から、枯れた植物の残骸のような物体を掘り出した。

 野村が身を乗り出す。

「その木の枝のような物、よく見たい……近づけて欲しい」

 レネが翻訳した途端に画面が一斉に乱れ、画面が真っ黒に変わる。洞窟の外は、また電波妨害を受けているようだ。ロシア正規軍が近づいてきた恐れがあった。

 レネが野村の不安そうな顔を見て言う。

「彼らはプロです。外には見張りを置いて、洞窟の入り口も低木で隠したそうです。『すぐには発見されない』と言っていました」

「だったらいいが……」

 と、映像が復活する。通信が回復した時には、画面がアップにされていた。

「機材の不調だったようですね……」

 野村がほっと息をもらし、さらに画面に近づいて観察する。

「あれは、おそらくイナウの残骸だ」

 宮下が問う。

「イナウ?」

「宗教儀式に使う祭具だ。柳の枝などを削って、神社のお祓いで使う大幣のようにする。神様への伝令となると考えられている。光が届かない洞窟の奥に植物の痕跡があるんだから、アイヌが持ち込んだものだ。近くに祭壇があるはずだ」

 兵士たちが、さらに周辺を掘り進める。そして、一段と巨大な岩の塊を発見した。取り囲んだ石を退けていくと、テーブル状に置かれていた立方体の岩が露出する。明らかに人間の手で加工された〝祭壇〟だ。岩の側面には、いく筋かの深いひびが入っていた。

 モニターに釘付けになりながら野村がつぶやく。

「その岩の周囲を丁寧に調べてくれ……」

 レネが通訳したが、なぜか傭兵たちの動きは命令に従っていない。レネは指示を繰り返し、訝しげな顔をする。

「音声が途絶えたかも……向こうの音も雑音ばかりです……」

 回線が乱れているようだった。一瞬だが、画面も時々ノイズに埋め尽くされる。だが、洞窟内の傭兵たちに混乱や動揺は見えない。入り口はまだ発見されず、攻撃も受けていないようだ。上空からの偵察映像にも、ロシア正規軍の姿は映っていない。

 しかし中西の言葉には、危機感が滲み出ている。

「反撃を警戒して森に身を潜めているのか、増援を待っている可能性もある……。警戒を緩めないように、指示して欲しい」

 レネが答える。

「でも、通信が途切れているようで……」

 傭兵たちはその間も、祭壇の正体を見極めるために動いている。指示は届かなくとも、やるべきことは心得ていのだ。岩の周囲を丁寧に拭い、表面にカメラを近づけて調べていく。電磁波レーダーを側面に当て、内部の様子を解析する。

 兵士たちは興奮しているようだが、音声が受信できていない。画面のノイズも激しくなる。だが、画面の1つが電磁波レーダーのモニターを拡大した。通信不良に気づいた兵士が画像情報を送ることを思いついたようだ。

 レーダーの画面には、石の祭壇の内部が均一ではないことが表示されていた。だが、画像の乱れで細部が確認できない。

 野村が食い入るように画面に身を寄せる。

「見づらいな……。だがこの岩、両脇のひびのところで成分が変わっている……。中に空洞もあるようだ。加工した石で蓋をしているのかも……」

 傭兵が野村の言葉を聞きつけたかのように、ひびの間にコンバットナイフを差し込んだ。ナイフを小石で叩いて先端を押し込むと、ひびはわずかに広がった。数人でひびを押し広げる。およそ1メートル四方、厚さ5センチほどの石の板がわずかに浮き上がった。それを少しずつずらしながら、祭壇から取り外していく。傭兵たちに、外からの襲撃を警戒している様子はない。通信不良は、単なる機材の不調のようだ。

 数分後、石の蓋は祭壇の横に落とされた。映像からは、蓋の下にぎっしりと泥が詰まっていたようにしか見えない。

 中西が失望の溜め息をもらす。

「何もないのか……? 骨折り損だったな……」

 だが、野村は逆に真剣さを増す。

「だったら、なぜわざわざ蓋をする? 重い石を乗せてあったのに、自然に泥が溜まるか?」

 傭兵も同じ考えのようだった。画面に、泥の表面にナイフを突き立てる手元が映し出される。20センチほどの刃が、すっぽりと泥に沈む。場所を変えてさらにナイフを刺す。3度目は、ナイフは5センチほどしか埋まらなかった。

 中西が言った。

「何かに当たったのか⁉」

 レネが叫ぶ。

「音が届きました! 何か硬いものが入っているようです」

 兵士が刃を使って、泥を掘り返していく。泥の中から金属質の塊が顔をのぞかせた。1人が手のひらで表面を拭い、ライトを近づけた。ノイズが激しい単色の画面からも、それが何かは分かった。

 金塊だ。

 中西はうめいた。

「これは……⁉」

 兵士はコンバットナイフを使って、さらに泥に埋もれた金塊の周囲を掘り返した。次第に全体が現われていく。金塊は一抱えもある直方体をしていた。

 それをわずかに持ち上げた兵士の声を、レネが伝える。

「金塊にしては軽い、と……」

「外に出せるか?」

 兵士たちはバックパックからナイロンロープを取り出し、それを金塊に回して穴から引き上げた。洞窟の底にわずかに溜まった水で泥を流すと、それは輝きを取り戻した。兵士が金塊を平手で叩く。

「空洞があるようだと言っています。周囲を削らせてみます」

 中西が言った。

「レーダーで内部は見られないのか?」

 レネが応える。

「金属は透過できません」

 野村は言葉を失ったまま、画面に見入っている。

 兵士はコンバットナイフで黄金の表面を削りはじめた。鮮やかに輝く黄金の切り口をさらに数回削ると、ナイフが堅い材質に当たったようだった。切り口にライトの光を当てる。

「石です! 金で石を包んでいると言っています!」

 兵士たちは交代で、さらに30分以上かけて表面の黄金を削り取っていった。黄金に包まれた石の表面に割れ目を発見すると、その筋に沿って金属部分を帯状に削っていく。割れ目はひと回り、石を取り巻いているようだ。明らかに人工的に加工されている。

 さらに1時間近くかけて金をはぎ取ると、中の石はついに2つに割れた。黄金は、〝石の箱〟を密封するための〝包装紙〟代わりに使われていたのだ。石の中には、さらに油紙に包まれた漆塗りらしい黒い箱が収められていた。箱を縛った紐を解くと、最後に和紙で厳重に包まれた何枚もの文書が現われる――。

 野村が命じる。

「丁寧に! 乾いた場所で広げて、内容の画像をすぐに送って!」

 レネの指令を受けた兵士たちは、祭壇の石の蓋を元に戻した。その上で、細長く折り畳まれた文書の1枚を広げる。書かれていたのは明らかに日本語だ。野村は食い入るようにモニターに顔を近づけた。だが、画面の乱れで小さな文字が判別できない。兵士たちはそれを高解像度のカメラで数回撮影する。さらに2つ目の文書を広げる。文字は、ロシア語のようだ。それも位置を変えながら数カット撮影する。文書が次々と撮影されていく。

 レネが言った。

「データを圧縮、暗号化して送信を始めました。すぐ届きます」

 別のモニターに着信表示が現れる。進捗状態を表示するインジケーターが急速に進む。受信を終え、自動的に解凍作業が始まる。

 野村が両手を固く握り締めながら、つぶやく。

「早く……早く……」

 中西も興奮を隠せないまま言った。

「高度な暗号化を施している。誰であれ、傍受されてはまずいからな。解凍には時間がかかるんだ……」

 と、傭兵のモニターが一斉にスイッチを切ったように、消えた。

 レネが叫ぶ。

「どうしたの⁉」

 上空の偵察ドローン映像にも異変が起きていた。洞窟がある場所に、巨大な炎の塊が吹き上がった。次の瞬間、無音のままの画面が真っ白に変わり、回復しない。巨大な熱源が赤外線センサーを乱しているのだ……。

 全員が息を呑む。

 異様に長く思える数秒間が過ぎると、画面が正常に戻り始める。しかし、地上の様相は全く変わっていた。周囲の森は焼き尽くされた木々で覆われ、渓谷の崖は広範囲に崩れて川の流れを遮っている。激しい爆発が起きたことは間違いない。それはおそらく、周囲の岩盤にも大きな影響を与え、洞窟を圧し潰している。

 黄金の砦と謎の文書、そして傭兵たちは、ロシア正規軍によって消し去られたのだ。

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