第125話 原点に戻る 

 ある作家が鬼籍に入る前にこんなことを言っていた。


『今は共産主義で、画一的になってきた。つまらない世の中になってきた。誰に相談もできなくなった』


 前半は何となくわかるような気がする。


 後半が分からなかった。



 それが、少し分かりかけてきた。


 例えば、ニートや引きこもりという存在は、昔からいたにはいたが、数は少なかった。


 何故か?


 理由はいくつかあるが、選択肢があったことも一つだろう。


 例えば、古い俳優の中には演劇に感動して高校卒業して身一つで上京して、戦後直後の不景気の中、掛け持ちでバイトをしながら俳優をやり続けて大成した人もいる。


 冒頭の作家に至っては最終学歴は小学校で、その師匠に至っては小学校の中退である。


 それでも働き口はあった。


 

 時代をさかのぼり江戸時代では『奉公』というシステムがあった。


 地方の農家などからあぶれた者を集め、無給(ただし、衣食住あり。主によっては有休あり)で働かせ、有能なものを選抜して番頭(課長)などに昇格させ、最終的には独立をさせる。(すごく狭い門だけど)


 

 現代日本において、この『奉公』のシステムは理不尽で旧歴史的なものだろうけど(いじめもあったと思う)今のように『働きたいけど働けない』人を雇うにはかなり、合理的なシステムだったように思う。



 色々な選択があっていい人生なのに、今の社会にはそれがない。


 小説という分野も本当に『成功者』になることだけが幸せではない。


 つまり、異世界に行かなくても、モテなくても、強くなくても、特殊な能力がなくても『幸せ』の提示をできるのではないか?



 そう考えた時、今の文芸界は「つまらない」のだろうか?

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