妖術師とサイキック◆突然転移してきた美少女が、組織の都合で居候に。ウザいし大飯食らいだしでつまみ出したいが、仕方ないから守るか

牛盛空蔵

▼01・唐突な女子


▼01・唐突な女子


 暗夜というには少しばかり街灯が明るく、しかし時計の針はすでに午後八時を指す。

 対峙する複数の影。

「文字通りの闇討ちか。エイドス術師連合会は相変わらず卑怯だな」

 口走るは、妖術師連盟の若き戦力、鶴巻。

 その両の眼はしかと敵を捉え、戦いの意思をあらわにしている。

 一対三。本来ならば圧倒的に不利な形勢を、しかし彼は全く意に介さない。

 なぜ? 彼が無謀なまでに血気盛んな十八の若造だからか?

 違う。圧勝できるからである。彼は正確に彼我の力量を把握し、冷たいまでに的確な応戦の判断を行っていた。

 それは、闇討ちを受けたにもかかわらず、傷一つ負っていないことからも分かる。

 彼は妖力を集中し、詠唱して戦闘を始める。

【紫電よ、奔れ】

 鶴巻が電気の妖術を放った瞬間。

「ほへ!」

 敵との間に、突然、一人の少女が現れた。

 そして珍妙な声とともに、電気の妖術を浴びた。

 ……浴びたというのは語弊がある。彼女に損害は発生していない。

 何か未知の力、原理不明の結界に似た何かで、妖術を防がれたからだ。

「危ない危ない。転移した途端にいきなりこれはないよお」

 少女――といっても鶴巻と同世代に見える――は唐突に変な泣き言めいたことを言う。

 鶴巻もエイドス術師たちも、等しく困惑。

 と、少女が鶴巻に向き直る。

「あぁー! プレコグが言ってた鶴巻くんって、あなただよね!」

「えっ」

 いきなり呼ばれ、困惑と警戒を深める鶴巻。

「じゃあ、あっちの三人があなたと私の敵なんだね。それっ!」

 さらに突然、少女はなんらかの攻撃を繰り出した。

 と思うと、エイドス側の三人は、そのまま無言でその場に崩れ落ちた。

「……は?」

 何もかも意味が分からない光景。

「あ、今のはただのヒュプノの強いやつだから、死んではいないよ。とりあえずあなたの家でお話ししたいんだけども」

「は?」

 彼は警戒して術を構えるが、彼女はそれを制する。

「私は敵じゃないよお。さっきの人たちは『エイドス術師』で、あなたは『妖術師』でしょう? 妖術師連盟は分かってくれるって、言ってたんだけどなあ」

 話の内容からして、とりあえず敵ではなく、むしろ丁重に遇すべき存在であるようだ。少なくともエイドス術師を片付けたことからも、それは推測できる。

 もちろん、敵やそれに準じた勢力が偽計を用いている可能性はあるが、しかし。

「分かりました。話を聞きましょう。私の家でいいですか」

 彼は彼女を、戦いを仕掛けるべき存在ではないと考えた。


 鶴巻の住んでいるアパートに入った瞬間、少女は言った。

「これはまれにみるボロ……趣のあるアパートだね」

 もう少し遠回しな日本語を使ってほしかった。

「嫌ならつまみ出します。……ちなみに何歳ですか」

「十八だよ」

「どこの高校ですか、それとも卒業済み?」

「高校に行けるような世界じゃなかったよ。戦争で」

「えっ」

 彼は一瞬絶句したが、すぐに気を取り直した。

「失礼しました。とすると、一応……」

「社会人、てことになるのかな」

「むむ」

 とてつもなく複雑な事情がありそうだ。

 しかし少なくとも一つ分かったことがある。

「ともあれ、状況的に、誘拐罪で捕まるおそれはなさそうですね」

 この世界での成人は十八歳以上である。

「ほへ?」

「なんでもないです。ああ、ちなみに私も十八で社会人です」

「そうだろうね。独り暮らしみたいだし、このアパート――」

 少女は腕組みしながら見回す。

「何か、何重にも科学ではない力で防御されているみたいだしね。これがこの世界でいう『妖術』なのかな。私の世界にはなかったけども。そんなところに一般人とか普通の高校生が住んでいるはずがないよね」

 鶴巻はまたも不意を突かれた。

 やはりこの女、きわめて複雑かつ人知を超えた事情を抱えているように見える。

「経緯を聴きましょう。その次第では……」

「つまみ出すの? イヤンイヤン」

「この場で消すことも考えます」

「……わかった。私の知っていること、伝えなければならないことを話すよ」


 少女の名前は海野。

 サイキックである。少なくとも「元の世界」ではそう分類されていた。

 元の世界では、一九八〇年ごろから、サイキックの存在が確認され始めた。

 しかし一つ問題があった。日本国内の日本人にしか、そういった能力が確認されなかったことだ。

 この事態に東西を問わず各国が警戒し、懸念を深め、最終的に日本と日本以外の全世界――このためにアメリカとソ連が和解し共闘した――とで戦争が始まった。

 その戦争は破滅的な大戦争へと発展し、人口は急激に減少、文明は無情にも炎に焼き尽くされた。

 そのなか、海野の両親は彼女の身を案じ、プレコグ――つまり予知能力者などの支援のもと、特殊なテレポーターによって別の世界へと逃がされた。

 その結果、彼女は。

「一人暮らしの男の部屋に来ることになっちゃったの。男はケダモノなのにね、イヤンイヤン」


 信じがたいことだった。

 この世界ではない、別の世界がある。彼女はそこからやってきた。

 いや、情報を整理する限り、全くの異世界ではないのだろう。彼女が当たり前のように既知の日本語を使っているところからも、そのことが推測できる。

 もしかしたら、サイキックが姿を現し始めた「一九八〇年ごろ」から時間軸が分岐した世界なのだろうか。

 いずれにしても、想像を超えた話だった。鶴巻は自分が、決して術師の業界に疎い男ではないと信じていたが、しかし自分一人の手に負える話ではないと考えた。

「あとで研究所に行く必要があるな」

「ほへ? 研究所?」

「私だけでどうにかできる話ではないので。数日間は仕事の関係で行けそうにないですが、なるべく早く行ったほうがいいでしょう」

 言うと、彼はスマホでメールアプリを開いた。

「まずは取り急ぎ、メールで研究所に報告します。そこで、必要最低限の検査も受けてもらうことになるかと思います。申し訳ないですが、素性が知れない上に未知の術を使われるようですので」

「へえ。じゃあとりあえず数日間は、私は居候になるわけだね。男はケダモノでイヤンイヤン」

「つまみ出しますか?」

「いけずぅ」

 スマホを操作しながら、彼は適当にあしらう。

「で、私にこの世界のことを説明してくれるの?」

「それは研究所に行ってからですね。私より彼らのほうがよほど詳しいでしょうし」

「ふーん。ところで」

 彼女は問う。

「日用品とか、私、何も持ってないんだけども。あと私はベッドで寝るから、鶴巻くんは床で寝てね」

「そういえば、最低限の日用品は必要ですね。いま買いに行きましょう。あとベッドで寝るのは私です」

「いけずぅ」

 言って、彼女はふと気が付く。

「あ、私にはタメ口でいいよ。歳同じだから、一方的に敬語だとおかしいよね」

「そうか。分かった。とりあえず近所のコンビニで買い込みしよう」

「分かった。さすがに鶴巻くんだけに買いに行かせるのはひどいからね」

 二人はそう言うと、夜のコンビニへと繰り出した。

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