透明が絡まった

@i10ma

複雑性PTSD

「複雑性PTSDかな」


 そう医者に告げられた時、私の口から出たのは「はあ」の二文字だけだった。

 溜め息ではなかった。それは惰性で開いた本の小見出しを眺める程度の感覚。その道のプロから与えられた名前に、何の実感も重みも感じていない私の「はあ」だった。

 与えられてから数日が経ってもその名前は軽いまま、ぼんやりと膜の張ったような現実をただ生きて、これもまた与えられたふたつの粉薬をただ飲み込んでいる。


 しかしまあ、それもそうだろうと、他人事のように思う。私の育った環境に虐待というものが存在していたらしいという理解さえ、つい最近の出来事なのだ。

 存在を理解するまで私は、私の境遇を「確かに”一般的な家庭”やらに比べれば歪なようだが、よくある話だ」「これしき軽いことだ」と信じて疑わなかった。かれこれ二十年間ほどの話だ。

 それがどうだろう。蓋を開けて、記憶さえ朧気な中身をひっくり返してみたら、私の二十年間ほどは、ほぼ虐待の二文字で片付いてしまうらしいのだ。


 複雑性PTSD。要するに、過去の長期的な虐待環境やトラウマが要因で起こるPTSD。

 もちろん症状の程度は人によりけりではあるが、私の場合はADHDに近い症状と、鬱、希死念慮、それから解離症状があるらしい。

 夢の中で自分を見ているような感覚。自分と現実の間に、一枚のフィルターが掛かっているような夢うつつ。ずっとあったそれは私の空想の出来事ではなくて、医学的に名前の付く症状だったのだ。


 私の状態に初めて名前が付いてから、一ヶ月と半分。

 薬の量は、少し増えた。ふたつの薬に、またふたつばかり増えた。症状は特に変わらない。


 私はそうして今日も、夢うつつの中。何の重みもないまま、ただ文字を連ねている。

 この症状の、ゴールは何処にあるのだろう。


(2021/06/24 06:47)



 このエッセイは、複雑性PTSDだと診断された人間がただひっそりと独りごちるだけのエッセイです。

 ひとつの括りにつき1ページから、多くとも2ページほどの短いものばかり。メモ帳に残されていた古い記録も入り交じり更新しますので、読みづらさはあるかもしれません。

 ここは、ただの片隅です。

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