第12話 変化
領主会議から戻って、マイセンはご機嫌だった。
ネイトが彼に言った言葉に小躍りしている様子が見て取れて、マリーは心が重くなる。新しい領主が本当に夫の腕を買っているのか、それとも単なる巧言の一つなのか、そんなの考えなくても分かること。
話では「近いうちに食事でも」とお誘いが掛かったらしいが、果たして実現するのかしらと内心訝しんでいた。
しかし、どういうわけか、ネイト・ガーランドは後日本当にハワード男爵家を訪問する運びとなった。
「え?本日ですか?」
「ああ。突然の提案でね、だがもちろん歓迎だ。父も母も見る目のあるガーランド伯爵に会いたがっているし、今晩はモエリア産の美味しい海老も届いた。ジュリアは海老が大好きでね、それはそれは大喜びさ!」
「ジュリア様も一緒に食事を……?」
「当然だろう?家族なんだから」
マイセンは「何を今更」といった顔でそう言って、マリーの部屋を出て行った。入れ違いで入って来たメイドがなんとも言えない表情をして見せる。同情か、或いは呆れているのかもしれない。
愛人を正式な晩餐会に出席させるなんて。
貴族である夫が少々世間知らずな面を持ち合わせていることは薄々気付いていたけれど、仮にも領主であるネイトの前でジュリアを紹介するつもりとは、正気を疑う。
義母も許したのだろうか?
彼らは息子のことになると盲目なところがある。
(それにしても………)
もしかしてネイトは本当にマイセンに期待している?
マリーが知らないだけで、夫はいつの間にやら勉学に励んで、口先だけでなく一定の信頼を勝ち取るに値するぐらいの人物になったのかもしれない。
◇◇◇
夕食の開始は七時頃。
海鮮が有名な南部のモエリアから取り寄せた海老を中心とした食事が、テーブルの上に美しく盛り付けられている。
長テーブルには奥からネイト、ハワード伯爵、伯爵夫人、そして反対側にマイセン、ジュリア、マリーの順で並んでいた。夫の隣に愛人が座るのは斬新なアイデアだと思う。
「ハワード小男爵、今晩は急な誘いを受けてくれて感謝しています。素晴らしい食事もありがとう」
「何を仰いますか!領主様がいらっしゃるとなればどんな予定をキャンセルしてでもお迎えしますとも」
「その通りねぇ、マイセン!噂の新しい領主様がこんなに美男子だったなんて、これでまた領内の女たちは噂に花を咲かすことになるでしょうよ」
「ご夫人は冗談がお好きなようですね」
軽快に笑うとネイトはグラスを傾ける。
マイセンも義母も嬉しそうに顔を綻ばせて、若い客人の一挙一動を見守っていた。すべてのことに無関心な義父を除いて、ジュリアまでもがほわんと頬を赤らめてネイトの方を見つめている。
「ところで、」
グラスをテーブルに戻したネイトが口を開いた。
「小男爵が領主会議で連れてらっしゃった女性はこちらの夫人だと思いますが、彼女は貴方の妻ではないのですか?」
マリーは驚いてネイトの方を見る。
青い目は机を挟んでマイセンを見据えていた。
「あ……あぁ、そのことですけどね。うちは特殊な形をとっていまして、妻以外にも僕をサポートしてくれる女性が居るんです。それがここに座るジュリアなんですが……」
「サポート?」
「ほら、まぁ伯爵はお若いから分からないかもしれませんが、男には色々とあるでしょう?僕としてもハワード家を次の世代に繋ぐ義務がある」
皆まで説明しなくてもネイトは察したのか、なるほどと呟いて頷いた。
マリーは心が痛んだ。たしかに自分はマイセンにとって良き妻ではないかもしれない。しかしながら、客を招いた場でこんな話をされるとプライドも何もない。
(早く終われば良いのに……)
決して楽しい晩餐会ではなかった。
ネイトがどういうつもりでマイセンを気に掛けているのか分からないけれど、彼がこうしてまた訪れてくると思うと気持ちは沈む。今まで通り部屋で一人で食事をする方がよっぽど気楽だからだ。
「そういえば、先日は小男爵の奥様にワインを引っ掛けて失礼いたしました。その後汚れは落ちましたか?」
「あ……それは、」
マリーはハッとして黙り込む。
ガーランド伯爵家のメイドたちが一生懸命に薄くしてくれた赤い染みは、持ち帰ってハワード男爵家の使用人に渡したところ、使う薬剤を間違えたらしく穴が空いてしまった。もう着ることも出来ないので破棄したと聞いている。
「事情があって…捨てることになりました。手伝ってくれたガーランド家のメイドたちには悪いのですが……」
「そうですか。では新しいものを贈りましょう」
「いえ、そんな…」
「結構ですよ!妻は服に頓着しませんから!彼女が身に纏うものはすべて僕とマ…母が見繕っているのです。マリーは僕を信頼してるものでね」
「それはそれは。すばらしい夫婦関係ですね」
ネイトはマイセンの発言に驚くわけでもなく、至って普通の顔でそう答えた。
「しかし、僕の気が収まらない。ドレスが難しいのでれば何か代わりのものを考えてください」
「代わりのもの?」
「はい。何か貴女が望むものを」
青い目が少しだけマリーを見て、すぐに逸らされる。
デザートが運ばれて、ハワード男爵夫人による息子の自慢話が続き、夜も更けて晩餐会はお開きになった。皆がそれぞれの部屋に引き返した後、マリーはひっそりとした自分の部屋で考える。
自分が望むものは何か。
いったい何を求めているのか。
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