発明品

伊田 晴翔

発明品

「博士、発明品が完成しました」

 助手の青年が、隣の研究室にいた博士のもとに駆けてきた。

「おお、そうかそうか。いよいよ完成したか。これでお前も一人前だな」

 博士は優しげな笑みを浮かべた。

「それで、今回発明したのはどのようなものなんだ?」

「はい」

 助手は白いラムネ菓子のようなものを取り出した。それは博士の拳ほどもあるものだった。

「これです」

「これは一体、何だい?」

「はい。これは『人類の発明の技術が発達する薬』です」

 青年が一気に言うので、博士は首を傾げた。

「人類の発明の……何だっけ?」

「『人類の発明の技術が発達する薬』です」

「これを服用すると、発明の技術が発達する、と?」

「はい」

「君、それはすごいじゃないか! とすると、地球温暖化を始めとする環境問題の解決や医療の発達、戦争紛争のない平和な世界が望めるんだな」

「はい!」

「とっくに実証済みなのだろう?」

「いえ、それはこれからです」

「そうか。では早速、君で試そうではないか」

「それが……」

 助手は口ごもってしまう。

「どうした。確かに量は多いが、水で流し込んでしまえばいいだろう」

「実は、この薬を飲むためには様々な工程がありまして」

「やることがあるのか。それはどんな?」

「博士にも手伝ってほしいんです」


 青年は博士を連れて外へ出た。小高い丘にやってくると、発明した薬を天に掲げて、何やら呪文を唱え始めた。

「何をしているんだ?」

「宇宙人に祈りを捧げています」

「は? そんなことが必要なのか」

「はい。地球の技術発達に、宇宙人が嫉妬しないために」

「……そ、そうなのか」

「では、次です」

 青年はジムにやってきた。ダンベルを持ち上げて、ルームランナーで汗を流した。

「これは何を?」

「身体の調子を整えています。薬を受け入れる身体作りです。博士もどうです?」

「いや、私は大丈夫だ」

「そうですか。では、次です」

 青年は厳重に保管された発明品の薬を博士に預けて、様々な工程をこなした。それでも博士が彼に付き合ったのは、彼が真面目な青年で、全ての工程に全力を注いでいたからだった。

 研究所に戻ると、いよいよ助手の青年は発明品の薬を服用した。

「効果はいつ出るんだ?」

「一時間後です」

 それから一時間待ってみたが、効果は現れなかった。

「気にすることはない。また挑戦すればいい」

「ありがとうございます、博士。僕、頑張ります。何度だって挑戦します」

 青年は真っ直ぐな目で博士を見つめ、一礼すると自分の研究室へと戻っていった。

 そのとき、来客があり博士が対応した。客は、博士の研究品を取りに来た得意先の男だった。

「あの助手はまた研究に失敗したんですか?」

「どうやら、そうらしいな」

「博士はどうしてあの青年を雇っているんですか?」

「私もそうだけどね、先人たちは失敗に失敗を重ねて、様々な素晴らしい技術を生み出してきたんだよ。諦めの悪い彼のような男もまた、この失敗を糧に、きっと素晴らしい発明をすることだろう」

「博士は世話焼きだな」

 男は博士から豆粒ほどの「人類の発明の技術が発達する薬」を受け取り、質問した。

「この薬、何か工程は?」

「ないさ。飲んだら五分で効果が出るよ」



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発明品 伊田 晴翔 @idaharuto

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