崖上の犯人とベテラン探偵
伊田 晴翔
崖上の犯人とベテラン探偵
崖の上からは、青く澄んだ海と空が見渡せる。
「やっぱりあなたが犯人だったんですね、
私立探偵の森山がベージュのコートをなびかせながら、亜矢子越しに見える海や空と同じように澄んだ声で、崖の先端に立つ彼女に言った。森山は、探偵一筋三十年の大ベテランだった。
「探偵さん、あなた随分と自信があるような口ぶりね」
不敵な表情を浮かべ、亜矢子が言う。彼女の真っ白なワンピースもまた、潮風によって揺れていた。
「でも、どうして私だと思うの。目撃者がいたとか?」
「いいえ、いません」
「じゃあ、どうして? 私以外に犯人がいる可能性だってあったじゃない!」
亜矢子は声を荒らげる。
「落ち着いて」
森山がなだめる。あまり興奮されては、崖の下へ身を投げてしまう可能性が考えられた。
「じゃあどうしてよ」
「消去法です。あなた以外には、犯行は不可能だったのです」
亜矢子は首を傾げる。その表情を見届けてから、森山が続ける。
「あの時間、パーティーの場にいたのは全部で五人。そのなかで犯行が可能だったのは、佐藤さん、鈴木さん。そして亜矢子さんの三人です。他の二人にはアリバイがありましたから」
「だったら、佐藤さんが犯人なんじゃないの?」亜矢子が言う。
「いいえ、違います」
「どうしてよ」
「彼は甘いものが嫌いなのです」
「それだけ?」
「はい。苦手、ではなく明確に嫌いなのです。何でも、砂糖をひと舐めしただけで体調を崩してしまうほどだとか。周囲の人間から、証言も取れています」
「じゃ、じゃあ、鈴木さんで確定よ! 彼、明らかに犯人って人相しているでしょ。太っているし」
「残念ですが……」森山は青空を見上げ、言い淀んだ。厚い雲が太陽を隠し、日陰になる。
「な、何よ」
森山が亜矢子に顔を向ける。そして、しっかりと目を見る。呼吸を整え、口を開いた。
「鈴木さんは、卵アレルギーです」
「そんな……」
核心をつかれ、亜矢子は膝から崩れ落ちた。
このタイミングを待っていた、と言わんばかりに森山が駆け寄る。亜矢子の体を支え、彼女が身を投げることを防ぐ。
サイレンが聞こえ、森山が呼んだ警察車両が複数台、集まってきた。
「亜矢子さん。あなたがあの家のプリンを勝手に食べたことに、間違いないですね?」
「……はい」
亜矢子は、観念したように頷いた。
「どうして、あんなことをしてしまったんですか?」
「……とても、おいしそうに……見えたのよ」
亜矢子が海を見つめる。必然的に空も見える。森山は亜矢子の視線を追って、亜矢子と同じように、その青を見つめる。
「さあ、行きましょう」
森山は亜矢子の肩を支え、立ち上がらせる。
「私、やり直せるかしら」
「大丈夫。あなたがこの海や空を、綺麗だと感じることができるのなら、きっとやり直せます」
厚く覆っていた雲がすうっと流れ、キラリと光る太陽が二人を照らした。
崖上の犯人とベテラン探偵 伊田 晴翔 @idaharuto
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