第44話 とにかく走れ

「それで? あのビッチを慰めに――グっ……っ」


 これ以上、汚い口から言葉が出ないように、俺は奴の顎に殴りかかる。


「何も知らないで――」


 一発だけではとどまらず、何度も何度も……口を開こうとするのを止めるように殴り続ける。


「何も知らないで勝手なこと言ってんじゃねぇ! お前らあいつの幼馴染でもないくせに知った口を聞くな!」


 奴の鼻血が、俺の拳を染める。

 その光景に悲鳴を上げる人や、スマホで動画を撮る人、先生を呼びに行く人がいるが関係ない。


「んぐっ……あ、がっ……」


 気が済むまで殴り続け、気づけば声が出なくなっていた。


「次はないからな、お前」


 胸倉を掴み、吐き捨てるようにそう言うと、俺は急いで教室を出る。

 通りかかる担任が俺のことを捕まえようとするが、容赦なく振り払い、正門へ直行する。


 明日、暴力の件で呼び出しだろうな。ここまで派手にやらかしたら、親も呼ばれること間違いなしだ。

 事情が事情だ。そこは担任も言葉を濁して言ってくれるはず。


 説教のことなんて、明日になれば目に見えてることだ。

 今は予想もつかない未奈のことが最優先だ。


 まだ未奈が教室を出てからさほど時間は経っていないはずだ。走れば家に着く前に追いつけるかもしれない。


 無我夢中で未奈の家で走る。

 この時間帯、未奈の家には両親がいない。

 もうこの際インターホンを押して待っている時間なんてない。未奈の部屋に直行だ。


 家の鍵が閉まっていても、予備の鍵が庭に隠してあることも知っている。

 とにかく早く、早く! 俺は未奈に会わないと!

 息を切らし、それでも走り、未奈の家の前へ到着する。


「運動不足に……派手な運動……させやがって……」


 肺と心臓が痛い。でも、今はそんなの関係ない。

 疲労で重くなった足を持ち上げ、玄関のドアへと手を掛ける。


「不用心だな……」


 てっきり鍵が掛かっていると思っていたドアはあっさりと開き、俺は家の中へと入る。

 未奈の部屋は、二階の角部屋。


 ドタドタとした足音で刺激しないように、ゆっくりと部屋へと向かう。

 二階の廊下には、未奈の部屋からすすり泣く声が響いている。

 部屋の前まで行くと、スーッと深呼吸をする俺。


 どうやって声を掛けるのが正解か分からない。ただ慰めればいいのか、はたまた元気づけようとすればいいのか、俺には正解が分からない。


 でもまぁ、目の前に泣いている女子がいるのだから、とりあえず肩でも胸でも貸してやるのが男というものだろう。

 未奈も、俺になら思っていることをぶちまけて盛大に泣いてくれるだろう。


 ――コンコンコン


 三回ノックが、中からの返事はない。


「入るぞ」


 静かにドアを開きながら、未奈の部屋の中へと入る。

 そこには、ベッドの上で抱き枕に頭を押し付けている未奈の姿があった。

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