第1話
昔から僕は、人並みにはなんでもできた。勉強も、スポーツも、歌も、絵も。かと言ってこれといった特徴もないし、特別秀でた点もない。今だってそれなりの高校に通って、それなりに友達もいて、それなりにバイトも頑張っている。
なにが言いたいのかというと、つまらないのだ。
このまま一生、仕事も、結婚も、普通にして、何事もなく死にゆくのだろう。見えきった未来ほどつまらないものはない。
だが、今更なにをすればいいのか分からない。未来に抗うためになにができるのか。受け身の人生しか送ってこなかった僕にはどうすることもできないのだ。
「つまり、ここはこの意味で訳して……」
眠い。昼食後の授業はやはり集中出来ない。というか集中して聞いたところでさっぱり分からないからもはやしょうがない。
高校二年生になって一ヶ月経ったが、この調子だと後々痛い目を見るに違いない。だが今は、死にそうになりながらテスト前に勉強しているであろう未来の自分の姿に、哀れだな、と笑うことしかできないが。
「じゃ、ここからの時間はグループワークにしたいと思います。二人以上でグループを組んで、今日の授業で習ったことを使い、二十三ページの問題を解いてください」
なんと。退屈な話を聞いている時間は終わりらしい。グループワークとなると、眠気ともおさらばになる。残念だったな睡魔よ。
「
背後から名前を呼ばれたので振り向くと、そこには僕の友人の
「ん、よろ」
短く返事をして、彼を隣の席に座らせる。
早速問題に取り掛かろうと思ったのだが、瀬川が急に小さい声で話し始めた。
「なあ、あの女子、1人なんだけど。どうすればいい?」
瀬川の視線を追うと、教室前方に、肩までの長さの髪を緩くカーブさせた女子が、いつものごとく1人で座っていた。
「……誰かと組むだろ」
瀬川はお節介なところがある。まさか一緒にやろうとか考えているかもしれない。僕は正直そういうのは面倒なので、ぶっきらぼうに答えてしまった。
だがクラスメイトは、誰1人として彼女に目も向けていなかった。
「あー、声かける?」
……結局僕もお人よしなのかもしれない。
瀬川は僕のその言葉を聞くと、すぐにその女子の元へ行き、少し話してから彼女を後ろにつけ僕の元へ帰ってきた。
「
爽やかな笑顔を浮かべ、瀬川は僕を紹介した。少し上からなのが鼻についたが、ジョークなのだろうと憶測を立て、構わず僕は小さく礼をする。
「
丁寧に45度ほどお辞儀をした早見さんは、近くで見ると整った顔立ちをしていて、所作も相まりどこかの社長令嬢と言われてもおかしくないと思った。尤も、僕は社長令嬢とは1度も会ったことはないが。
「さあ! ちゃっちゃとやっちゃうぞー!」
意気込んでいる瀬川の隣で、僕は少しの気まずさとやりにくさを感じていたが、それを顔に出すほど幼くもないので、苦笑い程度で済ましてやった。
クラス替えをして早一ヶ月。彼女はいまだにクラスに馴染めていないらしい。僕も彼女の存在は認識していたが、名前を知ったのだってまさに今。いや、これは僕が興味がなさすぎるのかも知れないが。
問題を解くふりをしながら早見さんを盗み見る。身だしなみもちゃんとしているし、おかしな言動も特にない。
「むっ? この問題わからん。雅か早見さんわかった?」
「ああ、それはね……」
話しかければ気さくに返してくれるし、彼女から話しかけてくれることもある。
ただ、なぜか、早見さんには、近づきづらいオーラがあるのだ。
僕は視線を机の上のノートに移した。これ以上は考えても仕方ない。どうせ今だけの仲だろうし、僕には関係のないことだ。
授業が終わると、僕らと早見さんは普通のクラスメイトの関係に戻った。これ以上、仲良くなる必要もないから。
だから、僕が放課後、彼女の姿を見つけても、話しかけることはしなかった。
それは、どうせ早く帰ってもやることがないので、中庭でぼーっとしていた時だ。彼女が僕から十メートルほど離れた自販機の前に現れた。やけに当たりをキョロキョロ見渡していて、挙動不審だったのが気になり、僕は彼女を観察する。あいにく、あちらから僕の方は死角となっているらしく、僕のことには気づいていないようだ。
早見さんはキョロキョロするのをやめ、自販機と向き合うと、お金を入れていないのにも関わらず、右上、右下、左下、左上の順番でボタンを押した。
「ええ……?」
……なにをしているのだろうか。子供とかならやりかねない行動だが、早見さんは高校生。いや意外とお茶目なところがあるのかも知れない。子供心を持つことも時には大事だし。
そして最後に彼女は、お釣りのレバーを押した。
一体なんのためにやっているんだろう。もしかしたら無料で飲み物が出てくる裏技とか? いやそれは流石に犯罪だろ。でも、早見さん家は貧乏なのかも……
僕の勝手な妄想がそこまでいった時、急に強風が吹いた。目の前の砂が巻き上がり、僕は思わず目を瞑る。
2秒ほど経ってから目を開けると、自販機の前に早見さんはいなくなっていた
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