とある夏の訪問者
伊田 晴翔
死二神
喉の乾きを感じて、階段を下りて一階へ行く。
歩きながら確認するが、黒いTシャツに汚れは見当たらない。
台所に行き、冷蔵庫を開ける。自分の身長ほどある大きな箱は、ぶぅーんと小さく唸りながら冷気を吐き出す。その冷気に当たり、心 地よさを感じる。なかには昨日の夕食の残りなのか、タッパーに入れられた炒め物や煮物が、きれいに収納されている。何か飲み物はないか物色すると、缶ビールが目に入った。
それに手を伸ばすが、このあとにもまだ仕事があることを考え、二の足を踏む。
ピッピッと扉を閉めるよう催促する音が鳴り、思いとどまる。
ドアポケットに置いてある二リットルの麦茶ポットを掴み取ると、扉を閉めた。どこの家庭にもだいたい麦茶はあるものなのだなと、昨日の出来事を思い出しながら、ガラスのコップに注いで、半分ほど飲む。
リビングに行くと、テーブルに置いてある地元新聞が目に入った。麦茶の入ったコップをテーブルに置き、新聞を手に取り、広げる。
『〇〇市 最高気温四十度 過去最高』や『物価上昇 歯止めかからず』といった見出しがあるなか、『連続強盗殺人事件 四件目』の見出しを見つける。
つい昨日の出来事が、懐かしく感じる。
しかし、最後に見たあの笑顔は異様だったなと思い出すと、寒気がした。
記事を読み込むが、おかしなことに『犯人が捕まった』という文章はどこにも書かれていなかった。
ひょっとして、本当に……?
* * *
冷蔵庫を開けると、まずドアポケットにある麦茶の容器が目に入った。それを取り出し、コップに注ぎ、一気に飲み干す。
「はぁ」
息を吐いたときだった。
ピーンポーン。チャイムが鳴った。
動作を止め、息を殺す。
目線だけを動かし時計を見ると、午前十時を回ったところだった。
ばあさんが、何か約束をしていたのだろうか。それとも宗教の勧誘か。
再度、ピーンポーンとチャイムが鳴らされる。
しばらくじっとしていると、玄関のほうから気配が消えた。居ないと分かり、出直したのかもしれない。そう思って、持っていたコップにわずかに残った麦茶をすする。
コップを見る視界の端に何か動くものがあった。
自分が立っている台所からすると、縁側の庭の位置。そこに誰か、いる。
瞬間、ゾワッと全身の毛が逆立った。
ホラー映画のワンシーンのように、ゆっくりと庭先に顔を向ける。そこには、スーツ姿の男がいた。
目が合うと、男はニッコリと微笑み、会釈をする。
呼び鈴に対して応答がないからって、庭に回ってわざわざ家のなか、覗くか?
疑問を持ちながら男を見ていると、玄関のほうを指差して、こっち、こっちとやっている。
実際に声は出していないようだが、「よ・ろ・し・い・で・す・か」と大きく口を開けている。
薄気味悪いその男と直接話すことはためらわれたが、無視しているといつまでも庭先に居続ける気もした。
一応、汚れはないか自分の服装を確認する。大丈夫そうだ。
玄関まで行き、戸を開けると、男は深々とお辞儀をした。
「私、〇〇販売サービス えいぎょ――」
話の途中で男の腕を掴み、やや強引に玄関のなかに入れる。男は驚いたような表情を見せた。しかし、仕方のないことだ。近所の目が気になる。
「で?」と、続きを促す。
「私、〇〇販売サービス 営業部 二宮と申します」
二宮と名乗る男は、慣れた手つきで名刺を取り出し、差し出してくる。
それを受け取り、名刺と二宮の顔を交互に見る。
すらりとした長身で、歳は自分より少し上、三十くらいか。
じっくり顔を見ると、二宮は案外二枚目で、テレビで見る何とかっていう俳優と瓜二つだと思った。
「要件は?」
「はい。お宅のエアコンの調子はいかがでしょうか? 何かお困りごとなどございませんか?」
訊かれても、使っていないのだから分からない。
「別に、なんともない」無難にそう答えた。
「そうですか。今年の夏は特に暑いですからね。エアコンはお使いでしょうけど、お手入れはされていますか? ただいまキャンペーン中でして、点検などお安くできますがいかがですか」
「結構です」
「よろしければ今、上がらせていただいて簡単に見積もりをお出しすることもできますが」
「結構です」
「そうですか。あ、お客様は、ウォーターサーバーなどお使いでしょうか?」
二宮はそう言うと、持っていたカバンからパンフレットのようなものを引き抜く。
差し出され、仕方なく受け取ったが、全く興味はない。
「置く場所がないからいらない」
「そう思われる方も大変多いのですが、私どもが提供するウォーターサーバーは大学ノート一冊分の幅があれば、あ、よろしければお台所にスペースがあるか確認いたしますが」
「いや」
「ウォーターサーバー本体のお値段はかからないんです。毎月お水を注文していただいて、お水のお値段のみのお支払いで大丈夫なのですが、ご検討してみてはいかがですか」
「結構です」
「では、住宅改装について何かお困りのことはありませんか?」
そろそろ、しつこい。
「ないよ。もう帰ってもらえますか」
「最後に、ひとつだけ。ソーラーパネルにご興味ありませんか」
「おい。そんなに手広くやっている便利な会社の名前を、どうして俺は知らないんだ」
「お客様に認知して頂けるよう、これからも精進して参ります」
二宮は深く頭を下げた。
どこか胡散臭いこの男が、きっと訪問詐欺だろうということは薄々気づいていた。
しかし、一見誠実そうに見える佇まいや、爽やかな笑顔、物腰の低さなどから、高齢者は意外と引っかかるのだろうなと思う。
「ところでこちらには、ご高齢の女性がいると伺ったのですが」
ほうほう、事前にリサーチ済みか。
「ああ、今、出かけてます。俺は孫なんです。夏休みで昨日から帰省してて」
「そうですか」と、二宮は少し残念そうに言った。
「この辺、一軒ずつ訪ねてるんですか」
そう、質問してみる。
「そうです。玄関先で断られたり、居留守を使われたりすることも多いのですが」
二宮は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、そういうときは、庭先に行って家のなかの様子を確認するんですか」と言うと、二宮は動揺した。
「あ、いや、それは……」
「たまたま見つかってしまったから仕方がない?」
「え、い、いや」
「そういえば最近、このあたりで強盗事件が続いているっていう話ですよね。なんでも死人が出ているとか」と畳みかける。
「そ、それは私では」
「それは? それとは別に何か?」
急いで否定したことでボロが出たと二宮自身も分かったようで、小さく「あ」と声を漏らした。
「えっと。ご高齢の方で、以前家で倒れていたことがあって、特にこの暑さですし、何かあったら大変だから様子を伺ったんです。結果的に不法侵入のようになってしまったことは大変申し訳ございませんでした」
二宮は今までで一番深く頭を下げた。それは正しい角度なのかと疑うほどだった。
そんなこと言ったってバレバレだぞ、この二枚舌。
◯しかし、言い訳としては上出来だな、と拍手を送りたくなった。
「エアコンが壊れてしまって使えずに、熱中症になる方も多いと聞きます」
「たしかにね」
「身勝手なこととは分かっていますが、どうかクレームは勘弁していただけないでしょうか」
二枚目が台なしになるような情けない顔で、見つめてくる。
何だか、胡散臭いだけの真っ当なビジネスマンに見えてきて、高齢者が騙されるのも納得な気がした。
二宮は額にじんわりと汗をかいている。
これから説明するつもりだったであろう数冊のパンフレットを持ちながら、ポケットのハンカチを取り出し、汗を拭こうと試みるが、二階から目薬のようでうまくいっていない。
「持っていようか」
手を差し出すと「すみません」と言ってパンフレットを渡してくる。
「助かります」という声に曖昧に返事をしながら、パンフレットを見る。
さっき話していたエアコンやソーラーパネル、他にも浴槽リフォームやシロアリ駆除など、本当に手広く扱っていた。悩みを伺い、何かしらヒットする項目があれば、すぐに詐欺ができるように、その点は徹底しているようだ。
こういう資料も人を騙すためには必要なんだろうなと、用意周到な点に関心さえしてしまう。
「あのー」
パンフレットから顔をあげると、男は申し訳なさそうにしている。買う気がないのなら貴重な商売道具を返してほしいということだろうか。
パンフレットを返すと、二宮は「あ、こちらはよろしければ差し上げます」と言って受け取らなかった。
「お手洗いをお借りできないでしょうか」
「トイレならその辺のコンビニに」とそこまで言ってから、しまったと思った。
たしかこの辺りのコンビニは、一番近くても十五分ほど歩く。
二宮がこの周辺の土地を調べ上げているなら、今の発言はまずかったのではないか。
「あれ、この辺り、近くにコンビニありましたっけ?」
案の定、二宮は疑問を持ったようだった。詐欺師を騙すのは容易ではないな。
「うちのトイレ、今壊れてるんです」というフレーズを思いつき、声に出そうとするが、すんでのところで止める。
そんな発言をしようものなら、待ってましたと言わんばかりにパンフレットを取り出し、実際には壊れていないであろうトイレを見て、疑問を抱かれてしまう。
「そうだそうだ。しばらくぶりの帰省だったもので、つい勘違いを」
何とか誤魔化したが、トイレは貸すほかないと思った。
「じゃあ、どうぞ」
そう言ってから、新たな問題に気がついた。
この家のトイレ、どこだ。
「こっちです」と、トイレがありそうな場所を曖昧に指し示した。
二宮は脱いだ革靴を丁寧に揃え、「お邪魔します」ときちんと挨拶をしてから、手で示したほうへと進んでいく。
階段の脇を抜けて左手に進んだ突き当たり、左右に一つずつ、扉の閉められた部屋があった。どちらの扉も、全く何も書かれていないが、きっとどちらかがトイレで、どちらかが浴室だろう。
しかし、トイレがどちらか分からない。下手に間違えると怪しまれる。
希望は、二宮がこの家の間取りを把握していて、すんなりトイレに入る可能性。これは二宮が強盗目的でないから、可能性としては低いように思う。
それから、見当をつけて勝手に入っていく可能性。これは住宅のことに関しては詳しいであろう二宮が、その経験と知識から導き出した「トイレの位置はこっちだ」という絶対的な自信がないと成り立たない。
「あの」
一人、高速で頭を巡らせていると、二宮が声をかけてきた。
「トイレ、どちらですか」
ぎくりとした。
やっぱりそうなるよな。
たとえ正解が分かっていても、人の家のトイレにズンズンと入っていくことがおかしいか。
でも、そんな奥ゆかしさがあるなら、人の家の庭先からなかを覗くなよ。
そう思いながら二宮を見ると、その整った顔に、無性に腹が立ってきた。
「えっと……」
どうする。確率は二分の一、五十パーセントだ。
これって、思いのほか外さないんじゃないか。
変に楽観視すると、家の間取りや日当たりを考えてどんどん正解へのヒントが導き出される感覚がした。
湯川教授なら、訳の分からない数式をその辺に書き始めるのではないか。
妙な自信を引っ提げて、「こっち」と右側の扉を指差す。
「失礼します」と言って二宮が入ると、そこは浴室だった。
舌打ちを堪え、「反対かぁ」と誤魔化す。
二宮が苦笑いでこっちを見る。
「あれ?」
二宮に凝視され、固まる。
「何か」
「いや、首元に赤い……血?」
「ああ、さっきちょっと怪我しちゃって。大したことないんで」
「そうですか。ではお借りしますね」
二宮が左側のトイレに入った隙に、さっき間違えた右側の浴室に入る。
鏡を見ると、たしかにグレーのTシャツの首元には血がついていた。
こんなことなら黒いシャツを着ていれば良かった。
トイレを済ませた二宮が手を洗い、出てくる。
「お手洗い、きれいにされているんですね」
「まあ」
「ただ、あのウォシュレットは買い換えたほうがよろしいかもしれませんね」
出たよ。暇さえあれば営業しやがって。詐欺に勤しむ悪党が。
「たしかにもう古いんで買い換えようとは思いますが、それはまた今度」
このくらい言っておけばいいだろう。
玄関まで戻り、二宮は上がりかまちに腰かけた。
「大変おこがましいのですが、靴べらはありますでしょうか」
上目遣いで問われ、靴の収納棚に目が行く。なかを開けてなかったら怪しまれないか。
「ないかも」と言ってみる。
すると「そうですか。失礼いたしました」と、二宮はあっさり引き下がる。
靴を履き終え、立ち上がった二宮の表情を見て、悪寒がした。
なんて気味の悪い顔をしていやがるんだ。さっきまでこんな顔だったか。
「あなた、何か悪いことをしていませんかぁ?」
二宮が、ねっとりと張りつくような気持ちの悪い声で言った。
首元の血痕を見られている気がして、反射的に手がそこへ行く。
「悪いこと? そんなの皆しょっちゅうやってるんじゃないか? 信号無視とか虫殺すとか。あ、無視と虫でかかってた? はは」無理して笑う。
しかし、二宮は首をゆっくりと横に振った。
「いえいえ、もっと、とんでもなく悪いことです」
「いやぁ、心当たりがないからな」
背中に冷たい汗が流れる。
「私ねぇ、視えるんですよ。霊感っていうんですかねぇ。それがあるようなんですぅ」
「霊感……?」
「怒ってますよぉ。何人も」
二宮の視線が少しずつ、ずれていく。まるで後ろに誰かいるような感覚に襲われ、吐き気を催した。
「いい加減、もう帰ってくれ」
二宮を追い返そうとする。
「……ウォシュレットぉ」
「は?」
「買い換えるって話でしたよねぇ」
「それはまた今度って言っただろ!」思わず声を荒らげる。
「ウォシュレットぉ、新品でしたよぉ?」
「え?」
「『もう古いんで』っておっしゃっていましたよねぇ?」
「しばらく帰ってなかったから、気づかなかったんだ」
「昨日帰って来られたんですよねぇ。それから一度もトイレに入られなかったのですかぁ?」
「……」
「怪しいセールスを玄関のなかに入れたことぉ。この異常気象のなか、窓も全部閉め切ってエアコンはオフのままであることぉ。トイレを貸したがらなかったことぉ。トイレの場所を間違えたことぉ。首元に血がついていることぉ、血痕は階段の踊り場の壁にもついていましたぁ。それからぁ」
二宮は、数歩下がって靴の収納棚、玄関側の側面から赤い棒状のものを持ち出した。
俺から死角になる位置にあったのは、靴べらだった。
「玄関を出入りすれば、まず目につくのがこの真っ赤な靴べらですぅ。しかし、あなたは靴べらを『ない』と言ったぁ。気づかないということは出入りはどこからぁ? 昨日帰ってきて、玄関からは出入りせず、トイレには一度も行かなかったぁ? 私の二の舞いにならないよう、ボロを出さないようにと必死なようでしたがぁ、おかしいですね、二枚舌も使いようですねぇ」
目の前に対峙するこの二宮という男のことが、今は怖くてたまらない。
人ならざるものと向かい合っている気がして、逃げ出したいと強く思った。
全てを見透かすようなその目を見ると、ブラックホールのように吸い込まれて消えてしまうのではないかと錯覚する。
「お、お茶飲みますか、む、麦茶」
何とか話を逸らしたくて、言う。
すると、二宮はパッと表情を明るくし、二つ返事で「いただきます」と言った。
小刻みに震える足を懸命に動かして、台所に行く。
冷蔵庫を開け、麦茶のポットを出す。
少し時間をかけながら、二つのコップに麦茶を注いだ。
ポケットから粉の入った袋を取り出し、それを二宮の麦茶に入れる。
台所にあった箸でよくかき混ぜ、しっかり混ざったのを確認する。
右手に二宮の、左手に自分の分を持ち、玄関に戻る。
「はい」
震えないように、悟られないように注意しながら右手側の麦茶を渡す。
「すみません。頂きます」と言って、二宮はごくごくと喉を鳴らした。
それを確認してから、自分も麦茶を飲む。
「ごちそうさまでした」と、二宮がコップを返却する。
空になったコップを無言で受け取る。
そのとき。
遠くのほうからサイレンの音が聞こえ始めた。
まずい。麦茶を取りに行く間にサツを呼ばれたか。
反射的に、逃げる導線を頭のなかで描く。
「では」と言って二宮が帰る。
しかし玄関のドアに手をかけたところで、二宮はこちらに振り返った。
「『人を呪わば穴二つ』ですよぉ」と言って、口が耳まで裂けるほど、ニヤリと笑った。
その笑みは、俺が連続強盗殺人犯だということを看破したものだと理解した。
サイレンがすぐそこまで迫ってきたところで、二宮は突然、倒れた。
睡眠薬が効いたのだ。
何が、「人を呪わば穴二つ」だ。俺を焦らせやがって。警察を呼んだことへの報いはお前が受けろ。お前が捕まれ、クソ詐欺師が。
頭で描いた導線通りに、急いで二階へ駆け上がる。
廊下に置いていたナイフを回収する。
ばあさんの死体が転がる部屋を抜けて窓から屋根を伝い、地上へ降りる。
そういえば、あのばあさん。殺されるときに何か言ってたな。
――スーツを着た男前の人。やっぱり死神さんだったのね。私を迎えに来たのね。
気が狂ったのだと思って相手にしなかったが、死ぬ直前、ばあさんは俺の背後を見て目を見開き、驚いていたようにも思う。
ばあさんの言ったその男の姿と、二宮の姿が一致する。
「死神……? バカバカしい」
* * *
新聞を閉じ、やっぱりビールを飲もうと台所に向かう。
今日はもう充分だ。金はゲットできた。この街から出よう。
冷蔵庫を開け、ビールを手に取ると、六人の人間を殺した手でプシュっとプルタブを開け、ビールを飲む。
人の家で飲むビールは、うまい。
ついさっきも人を殺めたというのに、感覚が麻痺していて、もう何も感じない。
最後の一滴まで飲み干そうと、大きく開けた口で水滴を受ける。
そのとき、庭先に気配を感じた。ここ最近で一番と言っていいほどの恐怖を感じる。
全身の血の気が引く。まさか。
バッと振り向き、庭先を見るが、誰もいない。そりゃそうだ。昨日と同じことがあっては、たまったもんじゃない。
次はどこの街に行こうか。そんなことを考えながら、二本目のビールに手を取る。
プルタブを開け、飲む。
ふと、昨日殺したばあさんの言葉が頭をかすめる。
――スーツを着た男前の人。やっぱり死神さんだったのね。私を迎えに来たのね。
ばあさんの言う男は、やっぱり二宮と重なる。
あいつが死神?
死神ってもっと分かりやすいんじゃないか。
黒いマントで、がいこつで、大きな鎌を持っていて。
だけど、どこかで聞いたことがあるような気がした。
死神は、人型をしているという話。人間にそっくりだという話。
酔いが回ったのか、クラっと立ちくらみがする。
まだ缶ビール二本しか飲んでいないのに、頭が痛い。
その場に立っていられなくなり、座り込む。
胸が苦しい。お腹が痛い。ナイフで刺されたような鈍い痛み。
心臓を内側から握られているような激痛。
ゲホゲホと咳をすると、吐血した。
何だこれ、何だよこれ。
今までに感じたことのないような激痛を、体の各所で感じる。
視界が霞む。
俺は、涙を流していた。
不安で、恐怖で、痛みで。
このとき、分かった。
今まで俺が殺してきた人は皆、今の俺と同じ思いを抱いていたのか。
俺の顔の前を何かが通った。
顔を上げる。そこには、俺が殺した人間たちがいて、倒れている俺を見下ろしている。
よく見ると、それは俺を取り囲むようにして並んでいた。
足の数を数える。一、二、三、四、五、六……、七?
一足だけ革靴があった。その革靴には見覚えがある。
革靴の人物を足元から上に向かって目で追っていく。
黒いスラックス、黒いジャケット、顔は……二宮だ。
耳まで裂けんばかりの笑みを浮かべている。
「お迎えに上がりましたぁ」
ゲホ、と再度、吐血する。
「あんた、死神か」と言ったつもりだったが、それはただ血でゴボゴボとさせているだけで言葉にならなかった。
「だから言ったでしょぉ」
二宮は、相変わらず気味の悪い笑みを浮かべていた。
「人を呪わば穴二つ、ですよぉ」
二宮の声を遠くに感じながら、俺は静かに目を閉じた。
とある夏の訪問者 伊田 晴翔 @idaharuto
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