【SF小説】 ぷるぷるパンク 第1話 羽田空港空港襲撃事件
●2036 /06 /04 /23:10 /羽田空港国際線ターミナル屋上(日記・嶺N)
『
駐機場に列を作った大型旅客機がよく訓練された大型犬のようにお行儀よく規則的に滑走路に入り絶え間なく離陸する。こんなにも多くの人が外国に行ったり、外国から来たりするんだなって、少し感心する。
Tokyo International Airpotのサインの巨大なアルファベットに轟音と海風が叩きつける。アルファベットの「A」の三角形から見えるヴィジョンゴーグル越しの東京の夜景は、濃度の違う液体を注いだ時のようにゆらゆらと揺れて、それは、グラスの中で溶けるざらめ砂糖のよう・・・。
ノイズキャンセリングと、ゴアテックスの装備のおかげで滑走路の轟音も吹き付ける東京湾の海風も感じない。なんだか深海を散歩しているような、なんだか重力さえ軽くなったような、そんな気分。ときおり巨大なアルファベットの間を、腰を低くして走る仲間のシルエットが緊張感を呼び返し、サブマシンガンのMP5を持つ手に力が入る。やっぱり重力はいつも通りに重い。ふたさんひとろく。管制塔の窓に一瞬カメラのフラッシュのような閃光が走る。』
●2036 /06 /04 /23:16 /羽田空港国際線ターミナル出発ロビー
オフシーズン深夜の空港の出発ロビーに人影はまばらだった。
フライト時刻を案内する日本語と英語のアナウンスが天井の高い空間に宛もなく響いている。
ボストンバッグや段ボール箱をカートに山積みにしたチャイニーズ風の子供達の母親であろう女性が航空会社のカウンタースタッフに何事かを怒鳴りつける様も、連結した長いカートの列を運ぶ空港職員がスローモーションのようにゆっくりとすすむ様も、保安検査場の前で恋人を見送った青年が立ち尽くす様も、いつも通りの空港の風景だった。
午後11時17分。突然、空気を裂いてガラスが砕ける音がすると、少しの間を空けて、大量のガラスの破片がロビーの床を叩きつける大きな音が続いた。その刹那、甲高い女性の悲鳴に紛れて天窓から何本ものロープが投げ落とされた。
全身を暗い迷彩のアサルトスーツで身を包んだ者たちが、ロープを伝って音もなく降下した。息を飲むような、ほんの一瞬の間の出来事だった。
空港利用客や空港職員たちは状況を把握できずパニックに陥りながらも、散らばったガラスの破片にまみれた荷物の影やチェックインカウンターの裏に、慌てて身を守れる場所を探している。親と
粗雑に積み上がった重いガラス破片の下には、かつて生きた人であった肉塊から広がる血溜まりが、みるみるうちに形を変えて広がった。耳をつんざく旅客機のエンジン音と共に、場違いな強風が天窓から吹き下ろし始めた。
思い出したようにあちこちから不快な警告音が鳴り始めると、直径50センチほどの円盤の形をした警備ドローンが、地上5メートルほどの高さに一斉に姿を表した。そのそれぞれからぎこちない男性のAIボイスで、頼りない警告アナウンスが響いている。
サブマシンガンの低い連続音とともにあたりに血飛が飛び散る。土嚢を地面に勢いよく投げつけるような、重みを伴った低い音がして、次々と人が地面に崩れ落ちる。
ロビーの照明が一斉に消えてしまうと、警告音とアナウンスの存在感が際立った。
時折、ストロボのような閃光が走り、ロビーの凄惨な光景が連続写真のように浮かび上がる。
どこかで音の無い閃光が走るたびにドローンが破壊され、人間が破壊された。閃光の周囲には割れた水風船のように血や肉が飛び散っていた。
空港の周辺に続々と到着する近隣の警察・消防車両から洪水のように吐き散らかされるサイレン音と赤色灯がランダムに入り乱れる中、唐突に起こった巨大な地響きのような轟音と振動が暗いロビーをぐらぐらと揺らした。
その直後、立て続けに起こった巨大な爆発音とそれに続く衝撃波で、建物に残っていたガラスや壁面のほとんどが吹き飛び、建物の骨組みが顕になった。時を同じくして空港周辺の空気を粗雑に埋め尽くしていた警告音やサイレン音が一斉に途絶えた。不安定な静寂が空港全体を覆っている。
天を焦がすように揺れるぎらついた炎が、ロビーの残骸に不穏に踊る影を落としていた。
これが2036年6月4日に起こった、カワサキ・サマージによる羽田空港襲撃事件の始まりである。
公安調査庁による破壊活動防止法調査対象団体であるカワサキ・サマージは、午後11時16分に管制塔を制圧し、コントロール機能をシャットダウンすると、空港内の民間人・空港職員をランダムに人質にとり、空港を占拠した。
続く午後11時32分、駐機場を滑走路に向かっていたシンガポール航空の旅客機のオペレーションを何らかの方法でハックし、その機体を空港建物に衝突させることで誘導的に大爆発を引き起こした。
この爆発によって初動で集結し始めていた警察・消防の車両が一掃され、この後に集まった関係車両は、空港からある程度離れた場所に引き直された警戒線の外側で待機することを余儀なくされた。
翌6月5日午前2時6分に霞ヶ関の日本政府は対策室を緊急招集。総理大臣を筆頭に4時間にわたった閣議の末、自衛隊と駐留ア軍への介入要請を閣議決定した。
明け方には、要請を待機していた自衛隊と駐留ア軍が警戒線の正面ゲートにて合流、閣議決定直後の午前6時17分、その場所を「羽田空港襲撃テロ制圧本部(仮)」とした。
地上部隊合計860名、戦車9輌、装甲車25輌、関係車輌120台の規模であった。両部隊は自衛隊の玉田環中佐を司令官、ア軍のミラーナ・イラスベス少佐を副司令とすることで合意、被害状況を確認するため警戒線沿いに8つの拠点を交互に設営した。またア軍は、羽田上空の制空麻痺状態を回復するため、羽田空港を含む東京湾全域を一時的に横田空域と接続した。
事件発生直後には集まり始めたメディアに対して敷かれた警視庁による報道規制のため、深夜ということもあり、マスメディアによる報道は一切なかった。
しかし生き残った空港内部の職員・民間人に加えてテロ組織の構成員と思われるSNSアカウントからは、空港内部の惨状を捉えた画像や動画が発信されただけではなく、実況映像までもが配信されていた。
さらに、配信者が配信中に射殺されるというショッキングな映像が出回ったため、瞬く間に世界中でシェアされバズが発生していた。
また、午前4時頃には突入時の監視カメラの映像を手に入れた海外のハッカーが、海外の主要マスメディアやSNSに映像を流出させたことなどで、国内のマスメディア以外で事件報道が加熱し始めた。
現場で取材を続けていたメディアだけではなく、SNS上でも報道規制に対する不信感が募り始めていた。
午前7時には自衛隊による本部横特設テントで行われた記者会見を皮切りに、報道規制が正式に解かれることになった。
自衛隊の報道担当官による記者会見では、昨夜の事件発生から現在までの経過と、自衛隊と駐留ア軍によって被害状況確認・救助が進行中であること、付け加えて、今後周辺地域での治安悪化への懸念・警笛が繰り返された。
「今回の事件に関連して、空港周辺域の治安悪化が懸念されます。この映像の、ここにあるようにフラッシュライトのような閃光に合わせて、その中心から数メートルの周囲に被害が確認されていますが、このような閃光状の現象を利用した襲撃事件が、今年に入ってこの湾岸地区でも数件確認されております。外出の際にはくれぐれも気を付ける、夜間の外出を控えるなど、自ら危険に近づかないよう、くれぐれも注意して行動してください。」
惨事の規模感や残虐性に併せ、迷彩服を着た自衛官による記者会見は、日常的に軍事報道を見慣れない日本の国民に大きなショックを与えた。
主要報道メディアはその後数日間に渡り非常時編成で羽田空港襲撃事件を報道し続け、テレビモニターからは突入の瞬間の監視カメラ映像が繰り返し流れ、憶測でカワサキ・サマージの関連性が取り沙汰されていた。
そしてこれは、テレビモニターの前で事件を繰り返し見ることとなった一人の少年のお話です。
●2036 /06 /05 /10:48 /大船
昼前にソファで目が覚めた時にはすでに、テレビモニターの緊急災害時オート・オン・システムが作動していて、壁に埋め込まれたモニターに映るYouTubeの緊急災害チャンネルからはテロ事件について何時間も垂れ流され続けているようだった。
実際その日、テロ事件は起こった。雨季の晴れ間に現れた
外国人を含めた一般の空港利用客にテロ組織を合わせるとかなり大勢の人が死んでいるようだし、国内で起こったこんな映像を目の当たりにするのはモニター越しにも初めてだった。それは、遠い知らない国の知らない出来事のようで、まるで日本で起こった事とは思えなかった。
報道のドローンが映し出す東京湾岸に散らばる空港や飛行機の残骸、その周囲に立ち込める真っ黒な煙が大惨事の余韻を燻らせている。
わかる。理解できる。
理解できるし、緊急災害指定も納得している。でも、さすがにもうお腹いっぱいだ。うたた寝している間にもずっとそんな報道が続いていたから、今朝まで見ていたアニメと混ざった悪夢寄りの奇妙な夢まで見る始末。
ちゃんとは覚えていないけど、魔法を使うテロリストに背後から攻撃魔法で撃たれたような・・・。耳の後ろになんとなく痛みが残って気持ちが悪い。
だったら災害チャンネルなんか見ずにNETFLIXでアニメでも見ていれば? なんて君は思うかもしれない。もちろん、災チャの脱獄ハックとか、レトロブラウザでNETFLIXを開くとか、方法はいくらでもあるけど、そうもいかない理由がある。
実はぼく、絶賛のアニメロスの最中である。この三日間徹夜をして、ぶっ通しで見続けていた2020年代の長編アニメシリーズが今朝、最終回を迎えた。理解していたことだけど、それは突然やってきた。
薄いレースのカーテンが、東の果てで粒みたいに昇り始めた小さな朝日を孕んで薄いピンクに染まり始めても、頭の中で燻り続けるアニメの余韻に引っ張られた。
ぼくは横になったソファの上で、しかしなかなか寝付くことができなかった。今だってぼくの頭は目の前の大惨事よりも、中世のヨーロッパみたいな「あっち側」の魔法の世界の冒険に引っ張られている。
もちろん終わりの予感はあった。なんならぼくは、全4シーズンのうちシーズン2の前半には不穏な終わりの気配を感じ取り、些細なシーンや登場人物のセリフを涙なしに受け取れずにいた。
ぶっちゃけると、シーズン1第1話のエンディングが第2話のオープニングになって、絵がついた瞬間から最終回を意識し始めた。実際、そのオープニングに答えがあったわけだし。
分かっていても、やっぱり最終回は来る。
ああ、空虚。胸にぽっかりと、大きな穴が空いてしまったみたいだ。
そう、ぼくはそういう類の男。安く済む方の男なのだ。抜け殻のようにソファに横になったまま、Tシャツの裾でレンズを拭って眼鏡を掛け直した。
ソファの上で体を伸ばし、Tシャツからだらしなく出た腹を掻きながら
あれ? 近所のカフェの女の子? あのカフェの店員さん?
例のカワサキ・サマージの過去の映像資料の中に、その店員さんに似た子が映ったのだ。吸い込まれてしまいそうな、とても印象的な深緑の目をしているから、すぐに分かる。
組織の訓練風景や閃光の爆発なんかの物騒な映像に混じって、まるで違うトーンの彼女がいた。
それは、ふとした日常を切り取ったようなSNSの動画。
寂れた工業地帯のどこかの敷地に、彼女は突然現れた。
ロングのスケートボードでゆっくりと、風を纏って滑りながら、緑色の長い髪をふわりと揺らしながら。SNSで流行りの音楽に合わせ、流れるボードの上で踊るように。無機質な景色の中に、対照的なその子がいた。
ボードの上で歩いたり、くるっと振り向いたりしながら、長い腕で危なっかしくバランスを取るその子がいた。
はにかむような微笑みや、おどけるようなドヤ顔で、まるで事件なんて感じさせない、それどころか、なんていうか、ありきたりな、普通の女の子の日常みたいな映像だ。
途中でブレたカメラが、上空の
堪えきれない笑いを抑えようとする彼女の、艶やかに日差しを反射するその柔らかそうな唇。それを押さえて光る丁寧にデザインされたネイルの指先。
すでにきらきらな要素の塊が、さらに日差しを反射してきらきら光ったりなんかするものだから、ぼくはただただ、モニターに釘付けだった。
何の違和感もなく彼女を身近に感じていた。ああ、そうか。これはアニメを見ている時の心理状態だ。数時間に渡るぼくのアニメロスが無事終了した。さよなら。
ああ、サマージ。
ああ、かわいい。
近所のカフェの店員さんは、ちょうどぼくと同年代で、このサマージの子に瓜二つ。そんな中、うっすらと芽生え始めた劣等感やら罪悪感みたいな心の曇りを、ぼくはぼんやりと感じ始めていた。
例えそれが、正義に反するテロ行為だったとしても、何か信念のような物を背負って戦っている人がいる。今この瞬間にも、命をかけて戦っている。そしてそれが同年代の女の子。どうしたって自分と比べてしまうのだ。
高校三年生にもなって、何も背負っていない自分がいる。1グラムだってそんなものは存在しない。そして、戦いどころかぼくは学校にだって行っていない。言ってみれば不戦敗。
ぼくは
春休みが明けてから、学校には行っていない。というか、春休みが明けていない。
学校に行かないちゃんとした理由がある訳ではないけど、学校に行くちゃんとした理由も同じくらいに無い。
春のある日、それは不意に無くなってしまった。物事に対する「ちゃんとした」理由みたいなものが、突然全て無くなってしまったのだ。元々真面目に学校に通っていた訳でもないけれど、その日を境に学校へは一度も行っていない。
学校に行きたくても行けない「ちゃんとした」不登校の人たちにはおこがましいとは思いつつも、一応は不登校の端くれだ。
21世紀の世界恐慌の中で生まれ育った最初の世代のぼくらは、社会から「誰からも、何も、期待されない世代」と言われている。実際にそういう括りなのだ。
まあ、世代で括ったのは言い訳だ。そんな括りだってメディアとかマーケティングの連中が勝手に自分たちの都合で言っているだけだ。
誰からも、何も、期待されていないのは、世代ではなくぼく自身だ。
そうやって、いつだって、言い訳ばかり。そんなことだって分かっている。だからこそ、そんな自分に苛つきもする。
何も考えずに、楽な方、楽な方へと流され続けてきた人生だ。自分が世の中に存在しているちゃんとした理由なんて、これっぽっちも思いつけない。
中学3年に上がる時に、大学に進学する姉ちゃんと連れ立って実家を出た。
中学生で親元を離れることについて、両親は賛成も反対もしなかった。姉ちゃんは「一人よりはマシだから」と言った。
ほら、ね? 誰からも、家族からも、期待もされず、必要ともされていない。
そんなことを言ったって始まらない。
これは、ぼくの責任ではないのだ。
やっぱりそういう世代なのだ。
話は変わるけど、「メガネくん」という渾名をつけられたのが中学2年の終わり。
眼鏡をかけ始める原因である急激な視力の悪化も、なんとなく家を出たくなった理由の一つだった。
姉ちゃんのマンションの内見について行った時、生まれて初めて乗ったモノレールから突然見えた大船の観音像に一目惚れをした。それも理由の一つ。
小さな丘の上にある巨大な観音像が、なんていうか異世界からはみ出して来た遺物のようで、日常に溶け込むアリス症候群的な狂気の遠近感が生み出すサイケデリック。
大船に引っ越すとぼくは度々時間を作って、観音様が見下ろす東屋で、その時間をただただ潰した。
それは、世の中から切り離された時間。他人からの期待も、自分への必要性も感じない、なんていうか「無」みたいな時間だった。
姉ちゃんの
ぼくらの世代とは違って、「将来を人や社会に頼らない自立した典型的な30年代の若者」という括りの世代だった。だから入学当初は勉学にもアルバイトにもちゃんと勤しみ、ぼくが中学校をサボりがちだったことに気が付いていなかった。
高校受験は中二までの学力貯金でなんとかなった。近所の県立高校だ。しかし、高校に入ってすぐにオンラインゲームにハマり、ますます学校から足が遠のいた。学校に行ったとしても屋上でゲームばかりしていた。
しょうがない。誰の監視も受けず、期待もされない高校生は、きっと誰だってこうなってしまう、なんて
姉ちゃんからは「クズ眼鏡」というあだ名をつけられていた。言っておくけど、姉ちゃんだって九頭竜だし眼鏡だから「クズ眼鏡」だ。
「ーカワサキ・サマージですけれど、実は2033年から公安調査庁による破壊活動防止法の調査対象団体として監視下にありました。見てください、この画像。これは坐禅やヨガを取り入れたデジタルデトックスプログラムで市民権を得ていた20年代後半のサマージです。もともとはトゥルク教から派生した新興宗教として、シリコンバレーの中心地サンフランシスコで活動を開始しています。今回の事件で不明なのはその動機ですねー」
他人の行動の動機を勝手に推測するなんて、まるで下衆だ。まるで卑猥だ。モニターの中では災害チャンネルのコメンテーターが、誰かに渡されたメモをまるで自分の言葉のようにぶつぶつと読み上げている。
(何も気にするな、自分。まずは風呂に入って二度寝だな。)
ぼくはそう決めると、災害チャンネルの中でも、もうちょっとフラットな視点で報道していそうなメディアを探して、チャンネルを変えた。
「ー実はですね、ア軍がまず、ここ、東京湾上空の制空権を横田空域と接続したんです。これがー」
ぼくはソファの上で服を脱ぎ、全裸になった。
あんたたちがそうやって、世の中に着せられた服に身を包んで、他人の言葉で自分自身を切り売りしている間にも「おれは全裸、おれは自由。」
そうして意味もなく強がって、ソファの上に仁王立ち。
脱衣所には、姉ちゃんの彼氏の服やら下着やらが脱ぎ捨てられていて、風呂からはそいつの鼻歌なんかが聞こえている。ぼくは、なんか、無駄に、全裸・・・。
姉ちゃんと彼氏(ぼくは彼を陰でおっさんと呼んでいる)は、そろそろ2年くらい付き合っているはずだった。しかし、おっさんは図々しいくせに人見知りだから、ほとんどまともに顔を合わせたことがない。
あ。おっさんがうちにいるってことは、姉ちゃんがもうすぐ帰ってくる・・・。
ぼくは姉ちゃんに色々お小言をいただく前に、どこか遠くへ旅立つことにした。
エレベーターの壁に無造作に貼られた保護フェルトの匂いが鼻をつく。なんの目的も持たずに外に出る。もし人生に何か目的でもあれば、ぼくだって今頃はちゃんと学校に行っているはずだ。
長い雨季の晴れ間に、
姉ちゃんに話を戻すと、彼女が実際に頑張って学校に通っていたのは最初の2年ぐらいなもので、4年生になった今は学校に行っている姿を全く見かけない。姉ちゃん曰く「最初に頑張ったから」今はほとんど授業が無いそうだ。頑張った割には、ゼミの中で唯一就職が決まっていないらしく、就職活動が大変だと嘆き続けている。
藤沢駅らかなり外れたところにあるしょぼいアパレル店で、週一でバイトをしている姉ちゃんは「そこに就職できたら楽なのに」なんて言っている一方で、ほぼ毎晩、というか毎朝、日が昇る頃に酔っ払って帰ってくる。
かなり本業化している大船のスナックでの水商売に精を出しているのだ。
就職活動なんか止めて、その場末のスナックに就職してしまえと、ぼくはひっそり思っている。家賃も生活費も賄えるそのスナックの稼ぎ(ほぼチップらしい)は、絶対に普通の会社の初任給よりも高いから、辞めてもらっては困るのだ。
今日も今日とて、雨の降らない雨季が続く。
特にするべき事や、したい事がある訳でもないぼくは、とりあえず例のカフェに向かっている。これは「自分探しの旅」なのだ。
サマージの女の子に対して感じた劣等感の根源を探るのだ、なんて
昼前の大船。べとついた古い油のような匂いがする商店街は、いつもの通り歩行速度の落ちた高齢者向けの憩いの街だ。世界恐慌や自然災害が続き、衰退の一途を辿る日本にあっても、大船はラッキーな方の街だと思う。
それが観音様のおかげかどうかは分からない。でも、無理矢理に開発された東京や横浜の都心みたいに寂れてないし、都会や観光地へのアクセスがいいから、人口は減りつつも安定はしているし、生活インフラだってまだ生き残っている。
最近では珍しい単体の商店や飲食店が有機的に集まった昔ながらの商店街が残ってもいる。観光スポットやア軍基地が近かったりするから、最近ではキャッシュならUSドルを使うこともできる。
災害チャンネルからはネガティブなことばかりが流てくるけれど、ここですれ違う人々が幸せそうな事が何よりだ。まあ、年寄りばかりではあるけれど。
インフラといえば、10年くらい前の北陸の地殻変動以降、この国は企業誘致や研究所誘致と称して、地方で老朽化が進んだ道路とか電気、水道とかの生活インフラの廃棄を進めている。
廃棄された地域の住民は集団移転を強制され、かつてベッドタウンと呼ばれた都心郊外の旧ニュータウンに移住させられている。被災地や過疎地など、廃棄される地域が増えるたびに、集団移住が進んでいるのが今の日本だ。
以前、引越しの荷物運びのバイトで横浜の内陸のどこかの旧ニュータウンに行ったことがあったけど、50年も60年も前の「ニュー」なのだ。移住組から、幸せそうな空気を感じることはできなかった。
しかも廃棄された地方の集落の方は、今回のサマージみたいな集団にアジト化されてるって話も聞こえてくる。なんだか色々うまく回ってない。
そんな愚痴を言ったってどうにかなるわけでもない。その辺の年寄りの会話が感染してしまった。
大船の年寄りが幸せそうなのは、誰彼構わず愚痴を聞かせて発散しているからに他ならない。
そんな下世話な大船の街で、こんなにしょぼい人生を送るぼくだけど、ここにはお気に入りだってある。そう、古民家をわざわざ解体して、小田原あたりの山の中から運んできて改築っていう、あのカフェだ。
暖かな雰囲気、木の温もり、今時珍しい有人の接客や現金が使えるレトロなレジスター。
「意識の高い」人向けに作られたそのカフェに、しかしあの子はいなかった。とりあえずコーヒーを飲んで、次の作戦を考えることにしよう。
挽きたてのコーヒー一杯が6ドルだから、1800円弱。まあ、そんなところだろう。ぼくらが子供時代を過ごした2020年代に比べると、インフレも落ち着いている。
(バイトでも探してみるか。)って、そんな気もないのに窓ガラスに貼ってあるバイト募集のコードをスマートフォンで読み込んだ。
「カフェ・ヒュッテ。アルバイト募集。時給2420円から、ドル払い可。」
飲食店やスーパー・コンビニなんかで主流のAIの無人接客システムって人件費よりも安いのだろうか。どっちのコストが高いのだろう。ここは不定休みたいな感じだから、人件費の方が安いのかしら? あれ? 応募してみちゃう?
「荒鹿くん、おはよう。今日は学校終わるの、早いんだね。」
あの子がロングのスケートボードを抱えてそっとドアを開ける。店の外に流れ出た空気に乗って、緑色の長い髪がそっと揺れる。
「あ、あ、も、あ、」
もし、ぼくがここでバイトを始めたら、あの女の子と狭いカウンターで隣り合わせになってしまうのだ。緊張のしすぎでフリーズする自分の姿だけしか思い浮かばない。
残念ながらバイト計画は断念。
ぼくは外の通りに面した長いウォールナットの立派な一枚板のベンチに座って、ベネズエラ産の熱いコーヒーを啜る。
アイスコーヒーにすればよかった。雨季と言っても夏だ。
通りの向かいの花屋に飾られた紫陽花が、時折通るぬるい風に重く揺れる。
「荒鹿、おはよ。何してんの?」商店街の通りにスーパーの袋をぶら下げた姉ちゃんが通りかかった。
「あ、姉ちゃん。風呂におっさん出たから。」ぼくは姉ちゃんの目を見ずに話す。
おっさんのことも嫌だし、酔っ払ってくっついてくる姉ちゃんも嫌だし、家族って、面倒なのだ。
「おっさん言うなし。妖怪言うなし。私と同い年だし。」姉ちゃんは、ずりおちた眼鏡を指先で直しながら、ついでに鼻の頭を掻いた。
「ごめんね〜。仲良くしてやってよ。」
『風呂に出た』って響きは確かに妖怪っぽいけど、ぼくは妖怪なんて言っていない。それに姉ちゃんと同じ年齢とはいえ、ぼくよりは年上だからおっさん呼びは間違っていない。
「災チャ見た?」今度は一度眼鏡を外してかけ直す。なんだよめんどくさい。ぼくは(姉ちゃん、早く通り過ぎないかな。)という空気を包み隠さずに頷いた。
「うん」
だって、見たも何も、ずっとつきっぱなしだ。
「朝からずっと付いてるよね。怖いねえ。」
「うん。そうだね。」怖い、怖い。早く通り過ぎてくれ。
「暗くなる前に帰ってきなよ。」ぼくが醸し出した空気を感じたのか否か、姉はポケットから、くしゃくしゃの札を何枚か取り出してぼくにくれた。
だから家族って、面倒なのだ。姉ちゃんは鈍感だから、ぼくが醸し出したネガティブな空気には気が付いていないと思いたい。ごめん。
「うん」ぼくは、一瞬だけ姉ちゃんの目を見てそれを受け取って立ち上がると、ペーパーカップに入った熱いコーヒーを持って、姉ちゃんとは反対の方向に歩き出した。
(姉ちゃん、ありがとう。)って、本当はそう思っている。家族って、面倒なのだ。振り返ると、なんとなくご機嫌そうな姉ちゃんの後ろ姿が遠ざかっていった。
さて、金が手に入った。ぼくはポケットの中でモゾモゾと手を動かして、枚数を確かめる。
8、9、10。はい、10ドルいただきました。
さて、スーパーの上の本屋さんにでも行ってみようか。久しぶりに活字でも読んでみるか。
それとも、駅前のマックにでも行って人間観察でもしようか、人間観察ならマックじゃなくてもできる。それに別段腹が空いているわけでもない。
埃っぽくてざらついた大船の商店街での人間観察。さっきはみんなが幸せそうにしてるって口を滑らせたけど、実際は年金をちゃんともらって幸せなそうにしてる年寄りの顔なんて、これっぽっちも見たくはない。
●2036 /06 /05 /22:31 /大船
「はあ。」
どこかから漂って来る靴下みたいな豚骨ラーメンの匂いに鼻を塞ぎ、どんよりと薄暗い雑居ビルの狭くて急な階段を降りると外はもう夜。
大船は、夜になって、さらに下品な雰囲気を纏い始める。
姉ちゃんみたいな女にお金を落とす物好きの年寄りたちが、目の色を変えている。タチの悪いことに、客引きだってみんな年寄りなのだ。
昔は大船に、若い人や家族連れなんかもいたらしい。ほぼ廃墟と化しているルミネなんかはその名残りなのだろう。
去年までは本物の廃墟だった東海道線沿いの巨大ハイテク研究棟に、新しい製薬会社かなんかが入ったらしく、研究者みたいな国際色豊かな人たちが多くなったと言えばそれはそう。観光やア軍の外国人客もいると言えばそれもそう。
だけど、結局ここは日本人高齢者が溢れる街で、ぼくなんかは歩いているだけでありがたがられてしまう。
『あら、荒鹿くん、元気ねぇ、若い人がいるといいねぇ』みたいな感じで。
姉ちゃんは今頃入れ食い状態で、年寄りたちから金を巻き上げていることだろう。
そんなどうしようもない事を考えて、まあまあ現実寄りの現実逃避をしてみたのは、結局カジノでスってしまったからだった。
「はあ。」
最近できた観光客向けのカジノ店だ。ルーレットで200ドルになった時にやめるべきだった。いや、でもね、ぼく、いけそうな気がしたんだよ。
まあ、元々なかったお金だ。実際はプラマイゼロのはずなのに、210ドル分損した気分になる。
さて・・・。どうしたものか。
これから家に真っ直ぐ帰ってアニメなんかを見る気分でもないし、遠回りでもしながら、徐々に家に近づこうか。でも、おっさんがまだ家にいたら嫌だなとも思う。
姉ちゃんはまだバイト中かな。
カジノでずっと垂れ流されていた災チャは、ずっと空港のテロの件だったから、家に帰ってもきっと同じだ。
そして、ほとんどの話題はサマージの件に移ろっていた。報道は、すでに集団ヒステリー然としていて、先生公認のクラスのいじめみたいになっているから、聞いているだけでもうんざりする。無駄にどっと疲れてしまう。
ぼくはTシャツの裾でレンズを拭って眼鏡の掛け直す。
「はあ。」ため息が湿った大船の夜の空気に混じって消える。
煙草とアンモニアと胃液の匂いが染み付いた商店街を抜け、駅の改札の前を通って住宅街側に出る。
ライトアップされた観音様越しに地球環が天の川みたいに輝いている。ぼくらの観音様に、後光が差しているようで神々しい。彼女が今日も、こんな大船を見守っている。
ああ、ありがたいことですな、なんて考えながら歩道橋を歩いていると、視界の左端に一瞬、白い閃光のようなものが走った。
歩道橋の上で光が見えた方向に駆け寄ると、既に光は消えていた。
急ブレーキがタイヤを焦がす物凄い音がして、猛スピードで走っていた一台の車が川沿いのガードレールにぶつかった。ガラスやなんかを大破させながら、結局その車はガードレールを突き破って川に落ちた。
川の底の方で2度目の白い閃光が走り、水が10メートルくらい噴水のように吹き上がった。
一瞬すぎて何があったのか分からなかった。ぼくの体は好奇心と緊張で硬直していた。
噴き上げられた水の塊が、ゲリラ豪雨のように地面を叩く大きな音が響くと、すぐに空気を裂くサイレンの音が聞こえ、パトカーがタイヤ跡を残しながら破れたガードレールの手前に急停止、二人の警官が降りてきた。
一人は肩口の無線に何かを伝え、もう一人は柵越しに川を覗いた後、集まり始めた数人の野次馬を追い払おうとしている。続いて2台のパトカーが到着し、一人の警官が黄色い規制テープを貼り始めた。
3度目の閃光はガードレールの近くにいた警官の何人かを巻き込んで光った。よく見ていると、どうやら爆発とは違うようで、閃光そのものに音は無かったが、川べりのコンクリート壁が破裂する派手な音が辺りに響いた。
その光は一瞬で消え、巻き込まれた警官たちの姿は見えなくなってしまった。
暗いし遠いし、ここからはよく見えないが、あのコンクリートのように警官たちも破裂したのだろうか。
ぼくはようやく動くようになった足を引き擦り、閃光が見えた川べりとは反対方向に走り出した。正直に言うならば逃げ出した、とも言える。
歩道橋を転げるように駆け降り、閃光から離れるように夢中で路地を走り抜ける。
ぼくは咄嗟に路地脇の茂みに飛び込んだ。木々が生い茂げる緑の奥に隠れされた観音様の参道への秘密の入り口だ。そして地面を蹴り上げながら細い坂道を駆け上がり、その勢いのまま山門をくぐり抜けた。拝殿前の砂利に足を取られて横滑りをしながら、観音様の石段のその麓の東屋に身を隠す。
無表情すぎる巨大な白い観音像が、ぼくの中の不安と安堵をぐちゃぐちゃに溶かして混ぜる。
川沿いの大通りでは、鳴り続けるサイレンの数が増えている。おそらく警察や消防の車両が応援に駆けつけているのだろう。
姉ちゃんの言う通り、暗くなる前に帰ればよかった。閃光に巻き込まれたら、もう姉ちゃんに会うこともできないだろう。
ちゃんと学校に行って姉ちゃんを安心させていればよかった。おっさんと仲良くしてやればよかった。200ドル勝ったところでやめておけばよかった。後悔ばかりが頭をよぎる。
子どもの頃だけど、友達の金魚にあんな名前をつけなければよかった。そのせいで金魚は死んでしまった。いや、そのせいでってこともないだろうけど。
あ。
そんなことより、姉ちゃんだって危ないかも知れない。もし、川の向こう側にこの閃光が移動したら、姉ちゃんだって危ない。姉ちゃん!
立ち上がったその瞬間、四つ目の、そして最後の閃光が走る。
ぼくは、その場に立ち尽くす。なんていうか、金縛りにあったみたいに動くことができなかった。息が止まるとか、凍りつくとか、そういった類の静止ではなく、体が硬直してしまっている。
その閃光はさっきまで見ていたそれとは違って、一瞬で消えずに、石段の麓、ちょうど観音様の目線の先あたりに留まっていた。
音も爆発もないどころか、体温に近いような熱が、白くて柔らかい光になってあたりに漂っている。閃光から生まれたその光は、石段の
遠くに聞こえるサイレンも、金魚も、姉の彼氏も、何もかも、どうでもいいことのように感じた。後悔やなんかのそういう類の感情が、さらさらと流れ去っていくような、不安や恐怖も流れ去っていくような。
ぼくは暖かい光に照らされて、その光から目を離せない。
不意に、宙に浮かぶ光の中から、ふわりと、
ふわり。
その女の子は、まるで何年かぶりに暗い洞窟から出てきたとか、そんな顔で光を遮るように目を細め、ふわりと軽やかな一歩を踏み出してから、すっと立ち止まった。ぼくは、ただ彼女を見上げていることしかできなかった。
黒くて細い髪の束が、揺れる空気にふわりと浮かんでさらさらと落ちたり、セーラー服のスカートの裾がぱたぱたと揺れたりする様子は、なんていうか、宗教画みたいに美しい。
ああ、観音様。
ぼくは悟った。ああ、これがあれか。死後の世界的なやつだ。女の子が出てきたこの光が輪廻の入り口なのだろうか。これって、なんて幸せな感じなのだろうか。死んでよかったかも知れない。
いつからか、ずっと時間が進んでいないような、不思議な感覚を覚えていた。なんていうか、逆に、時間よ、止まれ。
ずっとこのままでいたい。
そんな妙で暖かい感覚の中で、ぼくは女の子を見上げていた。
女の子は大きな黒い瞳をきょろきょろさせて、不思議そうに辺りを見回している。無理も無い。あなたがもし観音様では無いのだとしたら、ぼくらは今日、死んだのだ。
しばらく辺りを見回していた彼女の瞳が、僕の両目を捉えて動きを止めた。優しさの中に隠された息が詰まるような力強さが、ぼくの心臓を止めた。
女の子は、ゆっくりとはにかむような微笑みをぼくに向けた後、ふわりと悲しそうにして眉間に皺を寄せた。それから、喉のそこまででかかっている言葉を搾り出すようにして、その繊細に膨らんだ上下の唇を開いた。
「くず・・・」
刹那、光が瞬くように揺らいだ。
すぐに、小さな拳ほどの闇の塊が女の子の胸の前辺りに現れた。それは、まるでブラックホールのように光を吸い込みながら膨れ上がり、光をあらかた飲み込んでしまうと女の子もろとも消えてしまった。
闇の塊は全てを吸い込んでしまうと急激に収縮して、ぷるんと跳ねるようにして地面に落ちた。
すぐにけたたましいサイレンの音が耳に飛び込み、脳をぐらぐらと揺らした。固まっていた全身の力がすっと抜けて、ぼくは尻餅をついてしまった。
●2036 /06 /05 /23:05 /大船
「・・・くずってなんだよ。」
足元の砂利を蹴ると、転がった小石は、ぷるんとした闇の塊にぶつかって消えた。光を吸い込んで落ちたあの闇だ。
「え? 消えた?」
目を凝らしてその闇の塊をよく見ると、ぬるぬるとした黒いそれは、釣りの擬似餌みたいな蛸状の何かだった。
拳ほどの大きさのそれは、本当の蛸みたいに足が何本もあって、ぬらぬらと黒く光っていて、そしてやっぱりぬるぬるとしている。
拾い上げて握ってみると、思ったよりも柔らかくて、人肌みたいに暖かい。引っ張ったり突ついたりしてみても傷つかないし、力を入れても千切れない。そして、やっぱり暖かい。
試しに力を入れて思いっきりその蛸を握ってみた。指の間からぶにょんとはみ出しながら、その温度が急激に上がったので、ぼくは思わず手を開いてしまった。黒い蛸みたいな闇の塊が、ちょうどぼくの手のひらの表面で、手相に沿って沈み込んでいくように溶けて行くところだった。
蛸がぼくの手のひらの中に消えてしまうと、その代わりにいくつもの砂粒のような白い光がぱらぱらと手のひらの上に現れては浮かんだ。さっきの閃光と似た光だ。
光の粒々は、ゆっくりと回転しながら手のひらの中心あたりに集まりだして、じわじわと増えて広がり、瞬く間に小さな銀河のような光の塊になった。
そしてその銀河は破裂するように音もなく弾けると、ぼくの体の表面を這うようにしてあっというまに全身に広がった。ぼくは息を飲む間に白くて暖かい光で覆われていた。
全身が光で覆われてしまうと、うなじのあたりに電流が流れるようなびりっとした刺激を感じた。
それと同時に背骨の一対一対から白く光る金属のようなプレートがシャキンシャキンと連続して現れて、骨格や筋肉に沿って背中側から腹側に向けて回り込むように体を覆い始めた。
つま先から指先まで、顔を残して首から下が全てそれに覆われてしまうと、最後にうなじから顎にかけて回り込んだカーブ状のプレートから、頭部を覆うヘルメットが現れ、フェイスマスクが後頭部から顔の正面に向けてカシャンと下がってきた。少しぼんやりだけど、どうにか外側を見ることもできた。
思うんだけど。
やっぱりぼくは死んだのだ。これは、あれだ。棺桶的なやつだ。
最後に姉ちゃんに会って安心させてやりたかった。ぼくは目を瞑って深呼吸をした。体を包む白い棺桶が暖かい。
いや、人間って死んでも深呼吸とかする?
あれ? これは何? 変身? まさかの変身?
ぼくは無我夢中で走り出した。身体を纏うプレート群の金属的な重厚な見た目とは裏腹に、身体が異常に軽い。ぼくはスピードを出しすぎて止まれずに、駐車場に止めてあった高級車に突っ込んでしまった。
「うへっ。痛ってええええ」衝撃が脳に響く。
顔を上げると、その車のガラスは全て割れていて、左側がべっこりと潰れて無くなっていた。車の惨状に比べると、ぼくが受けた衝撃は軽いように思えた。
これは・・・。
おれは・・・。
「そう、おれはクズだ。クズの
見てやがれ。認めやがれ。
ぼくは白く光るプレート群で構成されるアーマーを纏った「何か」に変身した!
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます