第18話 昼飯が無い。
入学式後の各クラスに移動したLHRの自己紹介から。僕は半ば強制的にクラス委員を命じられた。
そのLHRが終る頃に担任の村瀬 久美先生に午後から実力テストが有ると聞かされた。
そこで思い出したのは、今朝家を出る時に
それが春休みの課題を持参した僕は、
「村瀬先生、テキストの提出期日は今日ですね」
この瞬間までそう思っていた僕は担任の村瀬先生に訊ねた。
「え、自主性を重んじる白梅高校では春休みの課題テキストの提出は無いよ、もし気に成るなら回答集で自己採点しなさい」
なんと言うことだ、提出しなくてよい課題テキストを春休みの僕は一生懸命に挑んでいたのか、入学案内の何処にも記載されてなかったはずが・・・
落胆する僕を横目に村瀬先生は教室を出て行くと同時に、一年一組の女子生徒は小さなお弁当箱の包みを広げた。
そうだよ、義務教育じゃない高校は学校給食が無いからパン食か白米の
しかも科目ごとのテキストの為に今日は頑丈な幌布製のトートバッグで登校した、いつものサブバッグなら数百円を入れた小銭入れを用意していたが今日は違っている。
トートバッグの底を探ってみると運よく百円玉を一枚を見つけたけど、これじゃスーパーの菓子パン一つしか買えない。
取りあえずバスケ部の先輩から聞いていた昼の休み時間限定で来る移動販売のパン屋に期待するしかないと、屋内のフードコートみたいな多目的スペースへ向かいパン屋の販売コーナーを見つけた僕は愕然とした。
なんと移動販売のパン屋は、家業がベーカリーの僕にとって味を楽しむ為じゃなく、栄養素として生きる為に胃に入れる給食で提供されていた激マズ<失礼>の
午後から実力テストでも一食くらい食べなくてもナントカなるはず、と覚悟を決めて多目的スペースに背を向けた僕へ、
「槇原君でしょ?」
女子の声に振り返るとそこには髪がピンクゴールドに染めたユルフワヘアの美少女が微笑む、けど君は誰?
「えっと、始めまして、どちら様ですか?」
失礼ながら多分、初対面と思う女子へ名乗らずに聞いた僕へ、
「酷ぃなぁ、私よ、槇原君と三回エッチした松下エミを忘れたの?」
周りの女子の含めた数人の生徒が僕を見つめてその眼を大きく開いた。
「ちょっと待って、エミさんって女子バスケ部だった松下エミさん?」
「そうよ、槇原君が忘れるほど私って地味だった?」
地味どころか、学年で一番の美少女で男子生徒からの人気もトップクラスだった松下さんの髪がピンクゴールドとは、これも高校デビューと言う奴なのか・・・
「綺麗だった元の黒髪をどうして?」
「志望校に入って、前からしてみたかった髪色だよ、槇原君こそバスケの青竹高校じゃなくて、何で白梅高校なの?」
そうだよな、全国大会準優勝の石川から野村先生の赴任を聞いてから、出願変更で白梅に変えたの理由を説明出来ないし、天野さん以外に説明してなかった僕は言葉に詰まる。
「色々と諸事情が有ってさ」
「まぁ別に好いけど、槇原君は何でここに居るの?」
お弁当を忘れて移動販売のパン屋へ来たけど武藤のパン箱を見て、昼食を諦めてクラスに戻ることを説明する僕へ、
「それじゃぁ、槇原君が私のお弁当を食べてくれないかな?」
松下さんの問いを理解出来ない僕は、
「え、どういう事?」
「言葉のままよ、ちょっと訳有りで食欲がく無くて」
風邪を引いてどんなに熱が有っても食欲だけは落ちない僕には不思議な返事に、
「本当に好いの?助かるよ」
「逆に助かるのは私の方よ、折角のお弁当を食べられずに持ち帰るのは申し訳なくて」
確かに訳有りの様で、頂ける物なら遠慮なく頂こうと思い松下さんからお弁当を受け取った僕へ、
「今日は新入生しか居ないから、テーブル席が空いているみたいだから此処で食べて空箱だけ返して」
午前が入学式、午後から先輩達の始業式が開かれるはずで、通常なら混雑が予想されるランチ会場に余裕で座れた。
木製のお弁当箱は何処かの民芸品なのか、赤茶色の漆塗りだと思い。これって普段の手入れが面倒な分、所有する喜びを感じて、お弁当もより美味しく味わえるに違いない。
「うん、この卵焼きとロースカツも美味しいよ」
正直な感想を伝える僕へ、食欲が無いと言う松下さんは売店で買ったノンシュガーのミルクティーを口に運びながら、
「最初に槇原君ヘ謝らせて、前に『私料理が得意って』って言ったでしょ、アレは見栄を張って実は料理を好きだけど上手くなくて、これは全部ママが作ってくれたの」
エミさんの両親は『松下リゾート』の会社経営、忙しい母は娘の初お弁当を用意したそれをどんな理由が有っても残すのは申し訳ないからエミさんに取って僕の存在がラッキーと言う。
頂くだけで何も返せない僕は申し訳なくて、
「何か僕に出来る事は無いかもしれないけど話を聞くくらいな、聞かせてもらうよ」
少し俯きかげんだたエミさんの顔が僕を見て、
「そう?だったら私の話を聞いてよ、あのね、髪をピンク系ゴールドに染めたでしょ、そしたらパパが『そんな髪色にして、チャライ友達しか出来ないぞって』頭ごなしに叱るからパパと喧嘩になって、それで私の食欲が無いよ」
志望校に合格して自由を手に入れた娘と、それを心配する父親の気持ちは充分に理解できるから、どちらが正しいと言えない僕は、
「それは世代の相違というか、僕はエミさんの意見とお父さんの気持ちを否定出来ないね」
「何で、槇原君、今時は金髪やピンクの髪色も珍しく無いでしょ」
「そうだよ、僕的に髪が赤や青、緑色でも似合えば良いけど、他人ならOKでも自分の娘なら嫌という親心だから」
食事中の会話が進むと同時にお弁当箱が空に成り、両手を合わせた僕は、
「ご馳走様、美味しかったよ」
お弁当箱を返したエミさんは、
「槇原君は私の髪がユルフワのピンクゴールドでも大丈夫なの?」
「そうだね、とても似合っているよ」
取りあえず誉めとけば問題ないと気軽に答えた僕へ、
「じゃぁさぁ、もしも私が槇原君の彼女ならどう?」
え、もしもって言われても、同居する天野さんの存在を思うと答えに困る。
「う~ん、どうかな?」
「此処は一旦サヤちゃんを忘れて、槇原君の好みで答えて」
数秒の沈黙を挟んで言葉を選んだ僕はゆっくりと、
「そ、そうだな、女子大生風で可愛いと思うけど、僕の彼女なら止めて欲しいな」
「え、なんで?」
「頭の中とお尻も緩く見えるし、別に着飾らなくてもエミさんは充分可愛いよ」
本音とお世辞の比率がどうこうと言えないが、一般人のレベルではトップクラスと思う。
「じゃあ、黒目を大きく見せるコンタクトは?」
「エミさんには視力嬌声以外のお洒落コンタクトも要らないでしょう」
なぜか、エミさんの父親みたいな意見に成る僕へ、
「今度の日曜日、私のパパに会って話をして、そこでちょっとだけ格好付けて良い所を見せて」
「それって気取れって?」
「そうよ、パパが心配するチャラ男じゃないボーイフレンドが私に居るって見せたい」
「ボーイフレンドって、僕はエミさんの恋人や彼氏じゃないよね」
「勿論そうよ」
一宿一飯の恩じゃないが、
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