特別回② 何者でもない俺の決意(69話)

 ※第69話(最終話の前)として書いていたエピソードです。 


 ※※※



 凛のお爺さんに大見得をきって、数ヶ月。

 色々と試行錯誤してきたけれど、普通にやっていたら無理なことに気づいた。


 司法試験を受けるには、予備試験に合格しなければならない。


 だから、まず切り捨てるべきは、大学受験のための時間だろう。これは、そのまま受験資格を得るための予備試験の勉強にあてることにした。


 どうしても大学にいきたければ、弁護士になってから行ったらいい。


 雫さんに知り合いの弁護士さんを紹介してもらった。亡くなったお兄さんの親友らしい。すごく親身に手伝ってくれて、ゴールから逆算して、期限内に受かるためのプランを立ててくれた。

 

 それを見たら、俺は当面、人外な生活をしないといけないらしかった。想像しただけでもテンションがさがるが、お爺さんが求める覚悟は、こういうことなのだろう。


 ちなみに、それをやりきれば「10%くらいは受かるかも?」ということらしい。



 今後の方針について悩んでいたある日。


 成瀬から電話がきた。

 俺が現状報告すると、なぜか成瀬は、楓の近況を教えてくれた。


 いまは、楓とは連絡をとってない。あのあと、凛との事情を話したら、泣きながらも納得してくれた。

 楓はもう女子大生だし、性格も良くて可愛い。料理も上手だ。BLさえなければ、あんな優良物件はそうそうないと思う。

 ちなみに、成瀬情報によると、楓は最近、少し行動的になってサークルに入り、そこの先輩に告白されたらしい。どうなるかは分からないが、楓の良さが分かる人がいたようで、嬉しい。


 さやかは……俺が凛と結婚したいと言ったら、まずビンタされ、その他にも思い出したくないくらい恐ろしいことが沢山起きた。でも、いまは、彼氏ができたらしく、そんなことはどこ吹く風で、幸せそうだ。俺は、さやかの顔をみると膝が震えるようになってしまった。


 琴音は、あの公演の評判がキッカケで、いわゆる売れっ子さんになった。海外進出の話があって、今はアメリカにいる。「ウチ、アメリカでレンよりいい男みつける!」ということだった。俺が基準じゃ秒でみつかりそうなので、もっとハードル上げた方がいいんじゃ? 

 でも、琴音の幸せは俺も凛も嬉しいので、どんどん夢を叶えて幸せになってほしい。


 高校に入ってから色んなことがあって、俺は、信頼を失うのは一瞬だと知った。こと恋愛においては、うまく行っているようでも、実は薄氷の上にいるんだなぁと思う。


 転校の件、予備校の費用、転居費用、両親にはとてつもなく迷惑をかけた。親父が言うには「大学の学費より安くてラッキー」らしいが、勝率10%にベットしてくれるのだ。


 俺は恵まれていると思う。


 こんな周りに支えられて、たとえ司法試験に受かったとしても。結局おれは、自分一人では、何も成し遂げていない。きっと弁護士になっても、俺は何者でもないのだろう。


 


 そして、今日は。

 凛とのデートの約束をしている。


 しばらく会えなくなるからな。

 暗い話は忘れて、今日は満喫しよう。

 

 

 せっかくなので、駅前で待ち合わせをする。

 一緒の家に住んでいるのに何故かって?


 それは、会った時の感動を味わいたいからだ。


 待ち合わせ時間5分前。


 「れんくーん」


 凛が来た。


 今日は黒いロングパーカーに素足でサンダルを履いている。生足だ! 髪の毛はツインテールにしている。メイクも頑張ってくれてて、いつもに増して可愛い。


 ほんと可愛い。


 俺の理想をギュッと押し固めたような容姿と性格、そして声。いつも思う。こんな女性に出会うことは、もうないだろう。


 一緒に映画をみてポップコーンを食べた。


 俺は凛の顔ばかり見ていて、正直、映画の内容はよく覚えていないが、面白かったらしい。


 それからお台場にいって、カップルだらけの公園を散歩して。気づけば、空は茜色になっていた。


 レインボーブリッジ越しに見える街並みは、海の黄昏が反射してオレンジ色に煌めいていた。


 最後は手を繋いでベンチに座る。


 くさいけど、言っておきたいことがある。


 「凛。しばらく会えないけど、俺を信じて待っててほしい」


 からかわれると思った。

 でも、凛は黙って、深く頷いてくれた。


 なんだか、今日はいける気がする。


 「じゃあ、会えない間のためにパン……」


 すると、秒で叩かれた。

 凛は、さくらんぼうみたいな顔でむくれている。


 「もう。せっかくの雰囲気が台無しじゃない。……こういうときはキスじゃないの?」


 「ごめん」


 ほんとは、君の声を忘れたくないから、このやり取りもしておきたかっただけなんだよ。


 すると、凛は巾着を手渡してきた。


 「はい……。これあげる。会えない間の魔除け」


 巾着はお守り入れみたいだが、かなりデカい。

 

 凛は続ける。


 「会えない間に他の女の子のこと見ちゃイヤだからね。あっ、ちょっと……」


 俺が巾着を覗こうとすると、凛がとめようとした。


 中身は、見覚えのある布だった。白と紫の……これは懐かしの御神体じゃないか!!


 「だって、レンくん。それが一番喜びそうだから。わたしだって恥ずかしいんだから」


 やったぁ!!!

 やる気がでてきたぞっ。何でもできる気がする。


 あっ。パンツの横からメモが落ちてきたぞ?

 なになに。


 凛の綺麗な字で「退魔!! 琴音、楓、彩、その他」と書いてある。

 

 全然冗談におもえない。

 こわい。


 あっ、これは聞いとかないと。

 大切なことだ。


 「……ちなみに、脱ぎたてですか?」


 すると、凛に「調子にのるな」と蹴られた。



 しばらく分の凛をチャージするどころか、明日もまた会いたくなってしまいそうだよ。


 でも、きっと、寂しくて名残惜しくなってしまうから。今夜のうちに、家を出て行こうと思ってる。


 ……ほんと、平凡な俺だけれど。

 君の横顔を見ていると何でもできそうな気がしてくるよ。



 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093082936276723


 ※※※

 ご愛読ありがとうございました。

 これにて追加分も終了です。


 これはテンポが悪いなぁと思って、本編では割愛したお話です。せっかくなので公開してみました。


 ありがとうございました。


 





 


 

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