第68話 一宮のお爺さん
俺は今、一宮家の客間にいる。
正座をして、凛のお爺さんを待っている。
こんな厳格そうな屋敷の主で、代々、優秀な人材を輩出してきた名家の当主。
どんな厳しい人なんだろう。
よくあるドラマみたいに、俺なんて小馬鹿にされて追い返されてしまうのだろうか。
やっぱ、雫さんにもきてもらえばよかった。
なんで、カッコつけて1人で行くなんて言ってしまったのかな。
なんだか落ち着かなくて、部屋の中を見渡す。すると、和洋折衷のその部屋には、壺や毛皮など、いかにも高そうな調度品がおいてあり、自分の場違い感に、逃げ出したくなる。
サイドボードの上に写真立てには、若い時の雫さんの写真がある。隣の男性は、お兄さんかな。たしか、雫さんにはお兄さんがいたって聞いたことがある。
そんなことを考えていると、襖がひらいた。
凛のお爺さんは、聞いていたイメージと違い、華奢で物憂げな雰囲気の人だった。
「君がレンくんか? まずは、椅子に腰をかけなさい」
「はい。本日はお時間ありごとうございます」
お爺さんは、俺を一瞥すると、表情を変えずに問いかけてきた。
「それで? 今日はどういった用件かね?」
小細工は無用だろう。
俺は単刀直入に言った。
「凛さんと結婚を前提にお付き合いをしたいので、許可をもらいにきました」
すると、お爺さんの表情が変わった。
眉を吊り上げ、一見して分かるほど不機嫌そうだ。
空気が重い。
ピリピリと張り詰めている。
「きみ、凛の義弟だよな。意味がわかってるのか? この一宮から、そんな
「帰りません」
このまま帰れるわけがない。
「帰りなさい」
お爺さんは語気を強めた。
お爺さんは華奢な身体だが、なんとも言えない凄味がある。お爺さんは灰皿に手をかけた。
……殴られる。
俺は歯を食いしばり、目をかたく瞑った。
「お父さん!!」
すると、隣の襖があき、雫さんと親父が入ってきた。2人はすぐ俺の横に土下座して、頭をさげた。親父が言った。
「お義父さん。不躾なことは重々承知しております。ですが、息子の話を聞いてやってくれませんか。こいつ、バカだけど本気なんです」
2人は俺を心配して、控えていてくれたらしい。
お爺さんは、大きくため息をつくと、椅子に腰をかけた。
「それで。蓮くん。きみは、謗られる凛をどうやって守るつもりだ?」
俺は答える。
これは親父に考えておけと言われたことだ。
「命懸けで守ります。俺はまだ高校生ですが、そのための力をつけます」
「命ねぇ……。安っぽい逃げ
想定外の質問で、咄嗟に答えてしまった。
凛と会って、琴音と会って。
ぼんやりだが、思ってたこと。
この世には理不尽なことが多くて、頑張っている人が報われない世の中はやっぱり変で。そのだに少しでも何かできる仕事は何なのかって。
「弁護士、……弁護士になりたいと思ってます」
お爺さんは顎に指を添えて考える。
顎髭をジャリジャリいう音が、こちらにも聞こえてきた。
「そうか。ならば、先に結果をみせたまえ。まずは、3年以内に司法試験合格。話はそれからだ」
親父が言った。
「3年って。それ最年少合格しろってことですか? いくらなんでもそんなの厳しいかと……」
お爺さんは俺をじっと見つめた。それは、心の中まで見透かすような視線だった。
「蓮くん。きみの命懸けはそんなもんなのか?」
取り繕えば、たちまちバレて「帰れ」と言われてしまうだろう。それに、俺にはお爺さんの視線が、ただの意地悪だとは思えなかった。
この人は、おれの覚悟を試している。
俺はお爺さんの目をみて答えた。
「できます」
…………。
帰りの車で、俺はショックで黙っていた。なんだか大失敗したのではないか。許可ももらえなかったし、自ら無理ゲーな条件を設定してしまった。
すると、親父に肩を叩かれた。
「俺は失敗したの?」
雫さんが答えた。
「ううん。でも、まさかレンくんが弁護士とはねぇ。いい答えだったわよ。生半可な代償では、きっと父は話を聞いてはくれなかった」
雫さんは続ける。
「話してなかったけど、亡くなったわたしの兄は弁護士でね。父は礼音にも、その道をのぞんでいたの。わたしの兄が合格したのは大学二年のときだから、あの期限は期待のあらわれよ」
親父は少し冷やかすような口調になった。
「だが、大見得を切ったもんだよな。平々凡々なお前の頭でなれるのか? ダラダラやってたら、凛ちゃんを他の男にとられるぞ?」
意気込んで乗り込んだ一宮家でも、結局、2人に助けられてしまった。俺は本当に1人じゃ何もできない。
それに、あんなことを言ってしまったのだ。
弁護士になれなければ、凛とは永遠に許してもらえない。
……俺は平凡で何者でもないのだ。
だから、相応の代償をはらわなければならないのは、至極当然のことのように思えた。
俺はパシンと両頬を叩いて、自分に言い聞かせる。
『ここからは、俺が頑張る番だ』
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