急の章
第57話 凛との終わり。
あれから数ヶ月。
楓は、いつもどおりのバイトの先輩に戻った。
時々、瞼を腫らしている時があるが、あえて触れていない。
凛とは、なんとかうまくやっている。
いや、うまくやっていると思い込んでいた。
良心は咎めるが、今更、楓とキスしたなんて言えない。それこそ、言うことは俺の自己満足で、誰も益さないと思う。
もう3月。
あと数回学校にいけば、春休みだ。
少し前から、さやかの様子がおかしくなった。
あまり話しかけてこないし、こっちを見ると、なんだか暗い顔になる。
学校帰り、さやかも含む何人かでお茶をすることにした。高校生なりのちょっとした打ち上げだ。
……イヤな天気だな。
さっきまで晴天だったのに、いつのまにか空は光を遮る黒い雲に覆われていた。
店内に入って、程なくそれは起きた。
さやかが急に声を荒げた。
「凛ちゃん、姉弟で好き同士とか変すぎだよ。キスとかエッチとかするんでしょ? 気持ち悪い。ね? みんなもそう思うよね?」
その発言に皆が凍り付いた。
加藤や成瀬は、まぁまぁとさやかをなだめる。
凛は俯いて、無言になってしまった。
俺と凛に生物学的な血縁はない。うちらはたまたま家族になってしまっただけの他人だ。誰かに咎められるようなことはしていない。
しかも、凛とはキスもエッチもしてないし。
……だったら、いっそのこと、公表して交際宣言するか?
俺が対応に迷っていると、さやかは俺を睨みつける。そして、怨嗟を吐き出すように続ける。
「レンだって、ひどいよ。何あの子。楓? バイト先の先輩だよね? あんな何回も糸ひくほどキスして。あんな外野の子の相手するなら、わたしの相手もしてよ」
『どくん』
俺は心臓が止まるかと思った。
なんで
なんで?
どうして?
見られていたのか?
俺はあまりの展開に思考が追いつかず、立ち尽くしてしまった。頭が真っ白でどうすればいいか分からない。
現実を受け入れられない俺の身体は、激しい動悸がして、直後、ひどい吐き気に襲われた。
おそるおそる凛をみる。
すると、凛もこちらを見ていた。その顔には生気がなく、瞳孔も開いていて。心の中が丸見えだった。
凛は俺に失望していた。
凛は口を固く結ぶと、俯いたまま店を出て行ってしまった。俺は凛をおいかけた。
「ち、違うんだよ」
なにも違わない。
さやかが言ったことは事実だ。
こんな陳腐な言い訳では、どうにもならないと分かっていたが、俺はこんな言葉にすがるしかなかった。
凛は俺の顔を見ようともしない。
「最近、アナタの様子がおかしいと思ったんだ。キス? なにそれ。気持ち悪い。彼女いたんだね」
俺は必死に否定して、訴える。
凛に嫌われるなんて、想像するだけで耐えられない。
「聞いてくれ」
「聞きたくない!! どうりで、わたしのことをハッキリ彼女にしてくれないわけだ。いつか、ちゃんと告白してくれるって信じてたのに。もうこれ以上、わたしを傷つけないで」
ハッキリ?
ちゃんと?
凛がそのことを、それほど気にしていたとは。
てっきり、ふわりとした感じがいいのかと思っていた。
もうその後は全く取り合ってもらえず、釈明できなかった。
ただ、最後に一言。
「……最低」
凛はそういって俺を睨みつけると、去っていった。
(ザー……)
雨だ。
気づけば、雨が降っていた。
「チッ。……傘もってねーよ」
俺はトボトボとさっきの店に戻った。
さやかは既に帰っており、加藤と成瀬だけがいた。俺は右手を肩まであげて声をかける。
「2人とも。さっきは悪かったな……」
(ガンッ!!)
俺は左頬に強い衝撃を受けて、ヨロヨロと倒れた。俺は何が起きたか、訳がわからなかった。
「れん。お前。なに姉貴のこと弄んでるんだよ!!」
あぁ。成瀬に殴られたのか。
俺は成瀬の顔をみて理解した。
「いや、違う……」
俺はまた、この陳腐な言い訳に縋るのか。
切実なのだが、どこかで、己を嘲笑している自分がいる。なんだか、色々どうでもよくなってしまった。
成瀬は続ける。
「姉貴、毎日泣いてるんだぞ? 聞いても理由いわねーし。れん。お前、最低だよ」
最低。
またその言葉か。
成瀬は、言いたいことを言うと店を出て行った。
加藤もそれを追いかける。
加藤は俺の方を振り向くと、一瞬、憐れむような視線をむけ、出て行った。
俺は1人で店に取り残された。
こんな時でも、へらへらと笑っている自分が嫌いだ。
……あーあ。
何を間違えたんだろう。
そうか。全部か。
※※※
【挿絵】りんとのおわり。
https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093082699844686
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