第43話 3人で夕食。
凛が目を瞑る。
(トゥルルル)
その時、凛のスマホが再び鳴った。
凛は「いいから……」というと、俺の頬を両手で押さえて正面に戻そうとする。
しかし、俺には、通知メッセージが見えてしまった。
『ママです。間もなく家に着きます。らいさんも一緒だよ』
俺はそれを読み上げた。
すると、凛もあたふたとする。
「ママ帰ってきちゃう。どうしよう!!」
やばい。よりによって親父も一緒とは。
パンツの一件で警戒されているし、今の状況が知れたら、本気で凛と別居にされかねないぞ。
俺は凛に『いいね』の指をした。
「囮は俺がつとめる! 凛はここに残れ!!」
そうだ。凛は普通に出ればいい。
凛が巻いて濡らしてしまったので、いま、浴室にはバスタオルが一枚しかない。他にあるのは、手拭いが一枚だけだ。
しかたない。俺が手拭いを使うか。
もしかしたら、他にいい方法があるのかも知れないが、この緊迫した状況では、頭が回らない。
浴室は一階の奥側だ。
自室に戻るには、一瞬、玄関前を経由せねばならない。
俺は腰に手拭いを巻いて、玄関前を一気に駆け抜ける。階段まで、あと、数秒の距離だ。
(ガチャ)
玄関ドアが開いた。
親父と目が合う。
俺は人生最速ラップタイムで走り抜けようとする。
「蓮、お前……」
背後から親父の声が聞こえるが、気にしない。
部屋まで行ってしまえば、なんとかなる。
だが、背後から無視できない声が聞こえてきた。
「……れんくん…やっぱ、わたしだけ逃げられないよ」
浴室のドアから、リンが、ぴょこっと心配そうに顔を出しているじゃないか。
やめて。へんに連帯責任とろうとしないで。
ここはオール•オア•ナッシングなのよ?
あなたが自首したら、むしろ俺の罪が重くなるの。
あーあ。
我が家の品行方正お嬢様は、融通がきかないの忘れてたわ。
っていうことで、予想通り、リンは部屋に帰されて俺だけ事情聴取になった。
親父は口を開く。
「んで。お前、凛ちゃんの風呂覗いてどうするつもりなの?」
あれっ。
おれへの信頼が低すぎて、真実から遠ざかってるぞ。
事実は小説よりも奇なり。
親父が二束三文の脚本を書いてくれるらしい。
これに乗らない手はない。
俺も三文役者になって、親父の描いた安っぽいストーリー通りに演じ切ってみせる!
「そ、そうなんだよ。凛が可愛いから、つい。他意はないんだ」
親父は腕を組む。
「おまえな、俺も男だから分からなくもないが、レンくらいの年で、あんな可愛い子と同居はキツイよな。でも、もうやるなよ?」
よし、このまま乗り切れそうだ……!
すると、着替えた凛が戻ってきた。
俺を庇おうと、口を尖らせて一生懸命なにかを訴えている。その様子は愛らしいのだが、できれば、いまさら引っかき回さないでほしい。
「あの、その。お風呂場で転んで、わたし裸だったから、もう少しで赤ちゃ……ん…が……でき……むぐっ」
すとーっぷ!!
お前は何も喋るな。
俺は凛の口をムギューと押さえた。
絶体絶命な状況下、1人の天使が舞い降りた。
雫さんだ。
雫さんは、俺と凛を交互に見て、「ふーん」というと、親父の肩を撫でた。
「らいさん。凛が無理を言ったのよ。で、レン君はそれを庇おうとしているみたい。弟が姉を庇うなんて微笑ましいわよね」
「ま、まぁ。そういうことなら……」
親父は腑に落ちない顔をしながらも、矛を収めてくれるようだ。
俺は胸を撫で下ろし、部屋に戻ろうとすると、雫さんに肩を叩かれた。
「凛と仲良くしてくれるのは嬉しいけれど、ちゃんと節度をもってね? わたし、まだおばーちゃんになりたくないわよ」
雫さんは全てをお見通しなんですね。
ほんと、すんません。
親父は持ち帰りの残業があるとかで、夕食は3人だった。誰もさっきのことには触れない、……触れられない。
あっ、雫さんに聞きたいことがあったんだ。
雫さんは海外では救急救命医みたいなこともしていたらしく、知識の幅が広い。心療内科的なことも、普通の人よりは詳しいはずだ。
琴音のことを相談したいと思った。
「雫さん、俺の知り合いで親に虐待を受けてた人がいてさ。トラウマが根強いみたいで。そういうのって、どうしたら克服できるのかな?」
雫さんは真顔になると、顎を押さえて首を傾げる。
「専門外だから、間違えてたらごめんね。虐待の種類にもよるんだけどね。一般的には、精神的に安心できる場所を作ってあげることかな」
「主に暴力なら?」
「うーん……。トラウマ受けた人は、自分はダメだと思い違いしちゃってるんだよ。まず、蓮くんが、その人にとって頼れて信用できる存在になること。そして、話をきいてあげて『君は大切だし、僕が守るよ』と言ってあげることかな。1人では怖くて向き合えない過去でも、ナイトさんと一緒なら……ね?」
俺が頷いてると、雫さんは続ける。
「それが性的な虐待なら、被害者は、性を忌避するか、奔放になるか。どちらにせよ、ナイトさんの役割は重要かな?」
凛が会話に割り込む。
「イヤだ。そーいうの。ママそれって、蓮くんに、その子と仲良くしろって言ってるようなものじゃん」
凛が涙ぐんでいる。
雫さんは、凛に微笑みかけた。
「例え話だから……ね?」
雫さんはちゃかすような顔になる。
「蓮くんも罪作りだねぇ。こんなに夢中にさせちゃって」
え。そなの?
「凛。俺に夢中なの?」
いてっ。
凛のヤツ。テーブルの下でスネを蹴りやがった。
凛はぷくーっと膨れてほっぺを真っ赤にすると、頬杖をついた。
「ばかっ」
※※※
いつも応援ありがとうございます。なかなか返信できていませんが、応援コメントは全て読ませていただいています。ありがとうございます。
近況ノートにヒロイン紹介をあげました。よければご覧くださいませ。
琴音とさやかは、初挿絵……かな?
【ヒロイン紹介】神木 凛
https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093082159055402
【ヒロイン紹介】一条 さやか
https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093082158199623
【ヒロイン紹介】春川 琴音
https://kakuyomu.jp/users/omochi1111/news/16818093082156160701
これからも、本作をよろしくお願い致します。
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