第22話

 足早に待ち合わせ場所へと向かう。予想はしていたが、案の定人垣ができていた。おそらくあの真ん中に二人はいるのだろう。


「すみません。通ります~」


 華恋は強引に人垣を抜けようとして、英治に止められた。英治がさっと前に立ち、強引に進んでいく。華恋は慌ててその後に続いた。――――英治さんのこういうところ……ずるいよなぁ。

付き合ってから知ったが、英治は当たり前のようにこういうことをする。下心のない優しさに華恋はまだ慣れないでいた。


 人垣を抜けるとぽっかりと空いた空間があった。その真ん中に明らかに一般人ではないオーラを纏った二人組が立っている。一応二人ともサングラスとマスクで素顔を隠してはいるが、スタイルの良さと佇まいから只者ではない感が滲み出てしまっていた。

 あれは誰だと周りが憶測を飛ばしあう。華恋は慌てて二人に駆け寄った。


「お待たせしました!」

「華恋ちゃん!」


 華恋の登場に笑みを浮かべる裕子。長身の綺麗系美女(?)と、小柄な可愛い系美女の華恋。系統の違う美女二人が微笑みあっている光景に周囲のざわめきが大きくなった。

 すかさず英治と健太が動き、二人の側に立って周りを牽制する。が、人数が多すぎてあまり効果はない。何より、健太自身への視線も多かった。

 このままでは身動き取れなくなると判断した英治が小声で提案する。


「移動しよう」

「うん。じゃあ、二人ともついてきてください」

 裕子が頷き、健太が「はーい」と返事をする。


 短身な華恋が先導し、その後に長身の三人が続く。自ずと人々が左右に避けていき、まるでモーゼの海割りのように道ができた。その道を四人は進んで行く。


「どうぞ」


 事前に用意していた空き部屋に三人を通す。パタンと扉が閉じた。

 最初に口を開いたのは英治だ。じろりと裕子を睨みつける。

「姉さん、本当に健太をつれてくるとか何考えてるんだよ。バレたらどうなるかぐらいわかってただろ?」


 しかし、裕子は肩を竦めただけで何も言わない。代わりに答えたのは健太だ。裕子を庇うように立ち、英治を見据える。

「別にバレたっていいだろ。俺はもう一般人なんだから。だいたいそう思うならなんで招待したんだよ。断ればよかっただろう」


 文句があるなら自分に言えと言う態度の健太。けれど、英治は一瞬顔を顰めただけで言い返さなかった。黙って目だけで会話を始める二人。


 険悪な雰囲気が流れ始めたのを感じ、華恋は慌てて二人の間に割って入った。


「ちょ、ちょっと待って。悪いのは私ですからっ責めるなら私へどうぞっ!」


 思わぬ華恋の横入りに戸惑いを見せる男二人。裕子が華恋の肩に優しく手を回した。

「華恋ちゃんは悪くないわよ。……ねえ?」

 そして、男二人に鋭い視線を送る裕子。英治と健太は勢いよく首を縦に振った。


「もちろん! なあ英治!」

「あ、ああ! 華恋、さっきのはちょっとふざけただけだから」

「そうそう。いつものじゃれ合いっ」


 激しく頷き合う二人をじっと見上げる華恋。珍しく真顔の華恋に二人はかたい笑顔を浮かべたまま固まった。


「……本当に?」

「「も、もちろん」」

「なら……後は裕子さんお願いします」

「ええ。任せてちょうだい」

「英治さん」

「ん?」

「私、そろそろ時間なんで行きますね」

「え」


 微笑みを残して部屋から出て行った華恋に戸惑いを見せる英治。すっかり尻にしかれている英治を見て健太は含み笑いを浮かべた。


「健」

「ん?」

「ん、じゃなくて時間がないからはやくして」

「はいっすみませんっ」


 じろりと裕子から睨みつけられて顔を引きつらせる健太。そういえば自分もしっかり尻に敷かれていたことを思い出した。

 手に持っていた某有名ブランドの袋を半ば強引に英治に押し付ける。


「英治、とりあえず黙ってこれに着替えろ」

「え、なに」

「いいからはやくしなさい!」

「は、はいっ」

「それじゃあ健太頼んだわよ」

「はーい」


 裕子が部屋から出ていくとすぐに着替えろと健太からせかされる。某有名ブランドの袋の中にはスーツと靴が入っていた。なぜ? と思いつつ着替える。


 着替え終わると椅子に座るよう言われ大人しく従った。メイク道具を手にした健太が近づいてくる。そこでようやく英治は二人が何を企んでいるのかを理解した。迷ったのは一瞬だけ。英治は二人の予想に反してすんなり受け入れた。


「渡辺ちゃん……あ、動くな」


 華恋の話題を出した瞬間身動ぎした英治を叱る健太。英治はタイミングを見計らって口を開いた。


「……華恋が、なに?」

「と、上手くいってるみたいだねって言おうとしただけ」

「ああ」


 なるほどと口を閉ざす。英治が返したのは一言だけだったが、目元や口角がわずかにぴくついていたのを健太は見逃さなかった。


 ――――今までろくに恋愛に興味を示さなかった英治が唯一興味を示した相手。その華恋相手とまさか恋仲になるとは……しかも英治がこんな反応をする日がくるなんて……人生何が起こるかわからないものだな。


 ふと鏡に視線を向けぎょっとする。いつの間にか後ろに裕子がいた。じっと鏡越しに英治を見ている。


「もし……あんたが華恋ちゃんを泣かせるようなことをしたら容赦しないからね」

「ああ。まず泣かせることなんてないと思うけど……その時はよろしく」


 即答で返した英治。裕子は満足そうに目を細めた。


 健太にヘアセットをしてもらっている英治を見守りながら思い浮かべたのは、華恋が悩みを打ち明けてくれた時のこと。華恋が随分前から悩みを抱えていることには気づいていた。それでも無理に聞き出すつもりはなかった。最初のうちは。

 けれど、会うたびに落ち込み具合が酷くなっていく華恋を黙って見ていられなくなった。


 裕子はお酒の力を借りて華恋から聞き出すことにした。そして知った八木との関係や、最近の八木と英治のいざこざについて。オブラートに包んだ内容ではあったが、それでも充分八木の卑怯さは伝わった。

 それを聞いた上で裕子が感じたことは……『八木処す!』だった。


 実の妹のように可愛がっている華恋にしつこくまとわりついたあげく、可愛いとは程遠いが……一応大事に思ってはいる弟への嫌がらせの数々。しかも、そのやり方が気にくわない。

 裕子から話を聞いた健太も概ね同じ意見だった。


 くだんの八木とやらを直接見てやろうじゃないか。あわよくばぎゃふんと言わせてやると意気こんだ二人はさっそく華恋に頼んで招待状を手配してもらおうとしたのだが……残念ながら無理だった。それならと、今度は華恋を通して英治に用意してもらう。こうして、二人は八木に一泡吹かせる絶好の機会を手に入れたのだ。


 英治は好戦的な笑みを浮かべている夫婦を見て溜息を吐いた。

 もともと、英治は家族を招待する気など一切なかった。華恋のお願いじゃなければ断っていただろう。


 ――――そんなに気にしていたのか。


 申し訳ないようなくすぐったいような複雑な感情が込み上げてくる。

 英治自身は正直八木に対して思うことはない。けれど、華恋は(たぶん目の前の二人も)違ったらしい。

 嬉しい気持ちもあるが、華恋がこの先ずっと八木のことを気にし続けるというのはそれ以上に気にくわない。見当違いな嫉妬心だとはわかっているが。

 この際、八木を徹底的に潰してしまおうと英治もやる気スイッチを入れた。


 ヘアセットまで終え、健太が裕子に最終チェックを頼む。


「裕ちゃん、どう?」

「うん。いいと思うわ」


 鏡越しに裕子のOKサインを確認し、英治はよっこらしょと立ち上がった。その瞬間、バシンッと背中を叩かれる。


「っ」

「背筋!」

「はい」


 普段わざと猫背にしている背中をまっすぐに伸ばす。不意に健太と目があった。健太が頷き、グッドサインを出す。それに対して、英治は不敵な笑みを浮かべた。いつかとは逆だが、懐かしいやり取り。


「それじゃあ行きましょうか。案内、してくれるんでしょう?」

「ああ。でも……本当にいいのか?」


 扉を開ける前に最終確認をする。このメンバーで歩いていたら目立つこと間違いなしだ。そのうち、二人の正体に気づくものが現れ、噂が回るだろう。

 けれど、二人は平気だと頷いた。


「どちらかというと今後の英治の方が大変だと思うわよ。もし、本当に帰ってほしいならこのまま帰るけど」

「いや……姉さん達が大丈夫ならいい。じゃあ、出るぞ」


 ドアノブを握った手に力を入れる。この扉を開ければきっと明日から英治に向けられる視線は今までと百八十度変わるだろう。

 大変なことになるのは目に見えているが、それでも華恋の隣に堂々と立つことができるのなら構わない。

「ありがとう。二人とも」

 英治は返事を待たずに扉を開いた。


 部屋から出て、華恋がいるであろう場所へと向かう。

 途中、裕子と健太を探してうろついていた集団に気づかれた。


 え?! なんか長身のワイルド系イケメンが増えてるんだけど!

 しかも社員証つけてる。 

 本当だ! でも見たことないんだけど。誰?!


 そんな声が聞こえてくるが無視して横を通り過ぎる。


 華恋は縁日コーナーにいた。小柄で童顔だからか昔からなぜか子供に話しかけられることの多い華恋は今回自ら立候補し、水ヨーヨー係を担当していた。

 もう一人の担当は塚本の娘だ。少々緊張しているようだが、それでも接客態度は丁寧でなかなか様になっている。子供達も二人には警戒心なく自分から話しかけていた。


 娘の頑張りを少し離れた場所から見守っている塚本。普段の『仕事ができる塚本さん』とはまた違う母親の顔。そんな親子を見て華恋はいいなあと思った。


「あそこ、なんだか詰まってますね」


 塚本の娘の言葉につられて顔を向ける。部屋の入口付近に人混みが出来ていた。デジャヴだ。案の定、見覚えのある三人組が姿を現す。華恋は一瞬息を吞んだ。


 先頭にいたのは、高級ブランドのスーツを日本人離れした体格で着こなしている英治。髪をオールバックにして、眼鏡を外したことで顔の良さが際立っている。


 まっすぐに華恋の元へと歩いてくる。周りの音がやみ、視線が集まった。英治が華恋の前で足を止める。そして、微笑んだ。


「渡辺さん。順調そうですね」

「はい。見ての通り、こちらは順調ですよ森さん」


 にっこりと微笑み、胸を張って返す華恋。英治の名前に社員達は動揺した。


「え? 今森さんって言った?」

「森ってあの? 私の知ってる森?」

「眼鏡と、ぼさぼさ髪はどこにいったの?!」

「ていうか、猫背だったから気付かなかったけど身長たっか!」


 周りは騒いでいるが本人たちは素知らぬ顔で会話を続ける。騒音の中、我関せずなのは英治達以外にもいた。

 一生懸命水ヨーヨーを釣っていた子供が喜びの声を上げる。


「やった! 二つも釣れた! こっちはお母さんのでこっちはお父さんの!」

「すごいじゃない。お父さんもきっと喜ぶわよ」


 後ろで見守っていた母親が片方を受け取って微笑む。子供はもう一つの水ヨーヨーを大事そうに抱え嬉しそうに笑った。華恋達は親子が手を繋いで別のコーナーへと移動するのを見送る。


 温かい気持ちになっていると塚本から名前を呼ばれた。


「どうしました?」

「後は私がするから休憩してきていいわよ」

「え? でもまだ……」

「交代の時間まで後少しでしょ? 誤差よ誤差。それに、私も娘と一緒にお店やりたくなっちゃったから。看板娘は私達に任せてちょうだい」


 塚本の提案に戸惑ったものの、そういうことならと交代する。せめて邪魔にならないようにと三人を連れて部屋を出た。余計な人達まで連れてきてしまったが、後ろの集団は気にしないようにと英治から言われて頷く。

 裕子と健太は慣れているのか、あの集団はいないものとして振舞っている。


 さて、どこに行くか……と歩きながら悩んでいるとeスポーツコーナーの部屋から怒鳴り声が聞こえてきた。

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