第五章 噂話と過去の事件 2

「あら静華、今日はねこめんちゃんと一緒に食べんの?」


 庶民的な下級女官たちがぞろぞろと集まってくる。


「ね、猫面、ちゃ、ん?」


 思わず聞き返すと、彼女たちが口々に言う。


「だっていつも猫のお面してんじゃんね」


「それだけ目立ってればあだ名くらいつくよお」


「そう、ですか……」


 わあ、いつの間にか女官たちに囲まれてしまってる……。

 だがこの人たちならきっと情報通に違いない。後宮のことで気になることがあったら、今がそれをたずねる絶好の機会だ。

 どうせ一緒に食事しなければならないのだし、頑張って質問してみよう。

 私は勇気を出し、静華さんにたずねる。


「あ、あの、もしし、し、知っていたら……」


「ん? なんだい?」


「れ、麗冰の、悪いうわさって、し、知ってます?」


 それは私が後宮へ来たばかりのころに食堂で耳にした噂話だった。その時はどうとも思っていなかったが、後になって実際の麗冰に絡まれたこともあり、気になっていた。


「ああ、あの有名な話? あんた知らないの?」


 そんな話を知らない奴が後宮にいたんだ、みたいな驚いた顔で静華さんは私を見た。


「あの、わ、わたし、後宮の話題に、う、うとくて」


 へへっとぎこちなく笑ってみせる。


「あんた、全然笑えてないよ! まあいいや、噂ってのはね」


 静華さんは私に顔を近づけ、神妙な面持ちになり、わずかに声を潜めた。


「麗冰は虎州が仕込んだ呪術師だっていう噂さ。あれは虎州の伝統的な舞を踊るんだが、それが呪術らしいんだよ」


「え、呪術、ですか。な、なんで」


 この話はみんな好きな話だったようで、他の女官たちもひそひそと語り出した。


「虎州は元々虎国という一つの国だったんだけど、二百年前の戦でりゅうせいこくに負けてから、龍星国の一部になったんだ」


「その時の恨みを持っている人が、虎州にはまだたくさんいるんだってさ。今も龍星国の皇族の血を絶やしてやろうともくろんでいるんだとか」


「あんた、じゅつの類には詳しそうじゃないか。舞でもそういうのがあるんだろ?」


 静華さんにそうたずねられ、こくりとうなずく。


「あるには、あるか、と」


 舞によって豊作や子授けの祈願をしたり、鬼はらいをしたりといったことは、大昔からごく一般的に行われていることだ。特に舞に詳しいわけではないが、舞で霊気を操ることへの想像がつかないわけでもない。


「あたしはどうもおかしいと思ってたんだよ。いくら容姿がいいからって、身分の低い虎州の宮妓を陛下がお好きになるわけがない。どうせその怪しい舞の力さ」


 静華さんはそう言うが、私には陛下が麗冰の身分も気にせず即座に気に入る様子が目に見えるようだ。麗冰の吊り上がった瞳と引き締まった長い脚、いのう! のう! と脳内陛下が騒ぎ立てている。


「先帝が短命だったのだって、先帝が虎州の舞を好まれていたことが関係しているんじゃないかって話だよ」


「先々代の時の呪術騒ぎだって、本当は虎州の謀反だったのに、事を荒立てないために家が罪をかぶったって噂まである」


 先々代の時の呪術騒ぎと言ったら、おばあちゃんがたまにんぎょうを使って解決したあの事件のことだ。犯人は当時の魏家のお妃様だったのだと、前に長雲様から話を聞いたことがある。


「え、魏、魏家が、罪を被った、ですか?」


「そうだよ。本当は虎州の仕業だったが、虎州がやったとなればまた戦にでもなりかねない。そこで一度は魏家が罪を被って宮廷から追放された。だが本当は罪を犯してはいなかったから、また宮廷に戻されたんだって話さ」


「ええ……」


 他の女官たちも身を乗り出して話にあいづちを打つ。


「でなきゃ、宮廷から追放された者がそんなにすぐに許されるわけがない」


「大体魏とく様を見ていれば、魏家は高潔な一族だってわかるわよ!」


「魏徳妃様と麗冰じゃあ、どちらがどんな性質の者なのか、一目瞭然だものね」


「悪いやつは飛龍宮の金人が懲らしめてくれたらいいのにねえ」


 なかなかに物騒な話をしているにもかかわらず、あはははと女官たちは大笑いしながら楽しげにご飯をっ込んでいる。


 こ、この人たちとはやはりあいれない……。

 でも普段は聞けないうわさばなしを聞くことができた。

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