第五章 噂話と過去の事件

第五章 噂話と過去の事件 1

 らん淑妃様が襲われた事件からひと月がった。秋もすっかり深まり、後宮内では落ち葉の掃除をする女官たちの姿をよく見かけるようになった。

 

 北方の山奥にあるれんてん村ほどの寒さではないものの、えいあんも冬が近づけばそれなりに冷え込む。いただいているほうろくで、私は綿入りの上衣を手に入れた。ちょっと重たいけど、ふかふかで温かい。


 私はあの後、まだ蘭淑妃様にはお会いできていない。幾度か青龍宮にうかがってみたが、女官から「まだお会いできる状況ではないので」と説明され、青龍宮に入ることもできない。

 ちょううん様が言うには、あれから蘭淑妃様は行事にも出席されていないそうだ。


 今は陛下からのご注文もなく、私はただただ、おばあちゃんの残した人形の修繕作業を進めている。


 連天にいた頃は人となじめなくても工房で人形さえ作っていればそれで幸せだったが、今は人形を見つめていても少し気分が重い。


 兎児爺トゥルイエは蘭淑妃様の命を救ってくれた。でも結果的に蘭淑妃様は心に傷を負ってひきこもっている。


 それが誰のせいかと言えば、もちろん悪しき呪術を行った者のせいだ。だが蘭淑妃様を笑顔にしたくて人形を作ったのに、そうはできなかったのだということが、頭から離れない。



「ちょっとあんた!」


 食堂のすみっこで一人で食事をしていたら、声をかけられた。


「は、はい?」


 顔を上げると、そこには見知らぬ女が一人、立っていた。がっしりとして肉付きが良く、声質も太くて霊気も力強い。


「あんたがれいひょうを懲らしめてくれたっていう人形師だろう?」


「…………」


 確かに、私の工房を荒らしたきゅうたちは皆、減給の処罰を受けたようだった。当初宮妓たちはしらばっくれていたが、長雲様が様々な人から証言を集め、犯人を特定したのだ。


 給料を減らされることになり、麗冰の取り巻きみたいにひっついていた宮妓たちは逆に麗冰を恨むようになった。

 今では麗冰は食事を取るのも一人だし、舞の仕事仲間たちからも相手にされていないようである。


「あんたのおかげで胸がスッとしたよ。私は尚服局の女官で、時々宮妓の衣装を縫う仕事もしてんだけど、麗冰がいっつも衣装に難癖をつけてきていたのさ。もう当分は生意気も言えないだろうけどね」


「そう、ですか……」


 面倒なことに巻き込まれたくないし、あまり関わりたくないなあ、と強く思ったが、その思いは全く彼女に伝わらないようで、彼女は私の隣の席にどっしり腰を下ろしてしまった。


「私はせいってんだ。ほら、骨付き肉を一つやるよ」


 ふくよかな静華さんは、ぽおんと私のおかずの皿に骨付き肉を一つ投げ入れてくれた。


「え……。あ、ありが……とぅござ……」


 お礼も言い終わらないうちに静華さんは言った。


「礼を言うのはこっちのほうさ!」


 ……静かそうな名前なのに、とても声が大きい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る