第四章 兎児爺 13

 その後私は身支度を整え、青龍宮へ向かった。ご無事だったとはいえ、蘭しゅく様はとても怖い思いをされたのだ。私に良くしてくださっていたし、せめて心配していることだけでもお伝えしたかった。


 青龍宮へ行くと、戸惑いながらも女官が茶室へと通してくれ、ここで待機するようにと言われた。そして程なくして、蘭淑妃様がやって来た。


「ら、蘭淑妃、さ、ま……」


「……鈴雨」


 衣服も髪も乱れた蘭淑妃様はつい先ほどまで泣いていたのか、目元が赤く腫れている。その霊気からは罪悪感があふしていた。


「兎児爺のおかげで命拾いしました。一言、お礼を言いたくて……」


 力のない声でそう言った。蘭淑妃はあんしている様子などなく、むしろ眉をひそめて何かに苦しんでいるような顔をしていた。


「いえ……あの……」


 なんと言えばいいのかと考えているうちに、蘭淑妃様はお付きの女官たちに告げた。


「やはりもう駄目です。下がります」


「かしこまりました」


 女官たちに連れられ、蘭淑妃様は下がっていく。

 私は紙に走り書きして、部屋に残った一人の女官にたずねた。


【蘭淑妃様はお加減が悪いのですか?】


 すると女官は答えた。


「はい。淑妃様は、ご自身の手で三人の人間の命を奪ってしまったことを、気に病んでいらっしゃるのです」


「そ、そんな……」


 確かに花瓶の水でれたことで三人は命を落としたけれど、実質的には彼女たちは手に負えない高度な呪術に殺されたようなものだ。


 奥の部屋から、蘭淑妃様の泣き叫ぶ声と、それをなぐさめる兎児爺や女官たちの声が聞こえてくる。


「鈴雨さん、この通りですので……。どうかまた落ち着いた頃に、いらっしゃってくださいね。兎児爺のおかげで蘭淑妃様の命が助かったことには、ここの女官たちは皆感謝しておりますから」


「は、はい」


 私は女官に見送られ、青龍宮を去った。


 私は蘭淑妃様を守れたと、言えるのだろうか。

 これから一体どうすれば、少しでも彼女の心を救えるのだろうか。

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