第四章 兎児爺 12

「呪術に詳しい礼部が儀式を行った形跡のある場所を確認したところ、自分の魂を別の物に乗り移らせる類の儀式が行われたことがわかったそうだ。つまり孟昭儀様と二人の女官が呪術で紙人形に乗り移り、蘭淑妃様の暗殺を企てたのだろう」


「でも紙人形が濡れ溶けたことで、逆に自分たちが命を落とすことになったわけですね」


「そういうことになる」


 昔、祖母から借りて読んだ呪術の本に書かれていた。自らの魂を乗り移らせた形代が魂の器として機能しなくなった時には、すみやかに自らの体内に魂を呼び戻さなければならない。そうでなければ魂は行き先をなくし、天に昇ってしまう。


「では、以前蘭淑妃様が目にしたという武人も、その三人だったのでしょうか」


「おそらくそうだろう。青龍宮に侵入して下調べをしていたのかもしれない。もしくはその晩にでも実行しようと考えていたが、まだ淑妃様がご就寝なさっていなかったのを見て、あきらめたのか」


「なるほど」


 蘭淑妃様は兎児爺が来るまではずっと不眠の症状が続いていた。だがこのところは安定して夜眠れるようになっていたので、その寝込みを襲ったということかもしれない。


「……そうすると、今回の事件も今までの事件も、主犯は亡くなった孟昭儀様だったということなのでしょうか?」


「そこに多少、疑問が残るのだ。孟家はじゅつの家系ではない。礼部の官吏の一人が、この呪術は高度な能力を持つ呪術師でなければ執り行えないと話していた。しかしそうした能力のある呪術師であれば、紙人形が濡れただけで命を落としてしまうというのは、まずあり得ないことらしい」


「では、呪術の面で別の協力者がいたことも考えられるわけですね」


「そういうことだ。宮廷内に呪術師がいて、なんらかの助言をしたのかもしれない。その助言を聞いて狙い通りにいく者もいれば、逆に自らの命を落とす者もいる。そして助言をした者にとっては命を狙われる者、狙う者、そのどちらが死んでもかまわなかったのかもしれない」


「どちらが死んでもかまわないなんてこと、あるんでしょうか」


「これはまだ限られた者しか知らぬことだが、どうやら孟昭儀様にもご懐妊の兆候があったらしい」


「ええっ!?」


 驚いた拍子に思わず少し大きな声を出してしまい、慌てて口元を押さえる。


「孟昭儀様はご自身のおなかの子を陛下の一人目の子にしたいと、焦ったのだろう。そして呪術を教えた者は、その事情も当然知っていただろう」


「なんてひどい……」


 もちろん、そもそも自分の都合のために誰かを殺そうなどとたくらむこと自体がしきことだ。でも人の心の闇に取り入って、人をあやめる呪術を教え、その呪術を実行した人が命を落とすように仕組むだなんて……。もし本当にそうなのだとしたら、あまりにもむごい話だ。


「刑部は、呪術が高値で売られた可能性もあるとみているようだ。後宮内でひんの願いをかなえる呪術を売れば、相当なかねもうけになるだろうしな」


「人殺しに加担した上にお金儲けですか」


 そんな恐ろしいことが、とも思うが、陛下のお世継ぎを産み皇后となれるかどうかで、その妃の一族全体の未来が変わってくるのだ。どんな高値でも呪術を買い、皇后の座を手に入れたいと考える妃がいてもおかしくない。


 そういえば……と、前に食堂で聞いた孟昭儀様のうわさばなしが脳裏をよぎる。

 確か、装飾品を後宮内で妃たちに売り回っていた、という話だった。


「金の動きについて刑部が調べ始めている」


「早く真相が解明されるといいですけどね……」


「まあ、もし金目当ての呪術売買が行われていたのだとしても、しばらくはそうしたことはなくなるだろう。なにせ呪術を使った者が命を落としたのだ。それでも呪術を買おうという気になる者は、なかなかいない」


「言われてみれば、そうですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る