第四章 兎児爺 11

 翌朝、青龍宮へ向かおうと支度をしていると、長雲様が工房へやって来た。


「早い時間にすまないな」


「あ……長雲様。おはようございます」


「実は昨夜、事件があってな」


「蘭淑妃様は無事ですか?」


 たずねると、長雲様はげんな顔で言った。


「なぜ、蘭淑妃様のことだとわかる」


「私と魂人形には、霊気のつながりがあるのです……。昨夜、よくない夢を見たもので」


「そうか。どんな夢だったのだ」


「蘭淑妃様が武人に襲われ、兎児爺がそれと戦った夢でした。でもその後どうなったのかがよくわからなくて、気がかりで……」


「なるほど」


 長雲様はうなずきながら、工房の椅子に腰を下ろした。


「蘭淑妃様は、無事だよ。だが別の一人のきさきと、二人の女官が亡くなったようだ」


「えっ?」


 蘭淑妃様でも兎児爺でも武人でもなく、別のお妃様と女官が?


「どうしてですか?」


「それが、わからないのだ。三人とも外傷はなく、眠るように亡くなっていたと聞いた。だが三人で儀式をしたような形跡があり、三人ともその場所に倒れていたそうだ。呪術でも行っていたのかもしれない」


「呪術を……」


「そして昨夜は青龍宮にも侵入者があったようだ。蘭淑妃様の叫び声がして女官たちが中に入ると、部屋の物が乱れ、花瓶が倒れて床が水浸しになっていたそうだ。兎児爺に事情を聞くと、三人の武人が短刀を手に侵入したが、蘭淑妃様の投げた花瓶の水が当たると、みな溶けてただの紙人形になってしまったと語った。床には確かに三本の短刀と、濡れて溶けかけた三つの紙人形が落ちていた」


「それって」


「二つの事件には、関係があるのかもしれないな」


 冷めた顔で、長雲様はそう言った。



 その後けいの調べが進み、事件の詳細がわかってきた。亡くなったのは正二品の妃、もうしょう様と、そのお付きの女官二人だった。孟昭儀様は東州の財力のある商家の出身で負けん気が強く、自分が四夫人に選ばれなかったのはおかしいと、いつも周りの者たちに息巻いていたのだという。


 そして蘭淑妃様の居室に転がっていた短刀が、東州のものであるとわかった。短刀の木製の柄の部分に細かい紋様が施されており、それは東州の伝統的な彫刻だったのだ。

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