第四章 兎児爺 9

 青龍宮から出て、長雲様と歩きながら話す。


「蘭淑妃様は兎児爺をすっかり気に入られたようだった。それとお前のことも。よかったな」


「まあ、そうですね」


「だがお前、お茶に来いと誘われてしまっていたな。大丈夫か?」


「え、まあ。女官たちがゴロゴロ集う食堂へ行くよりは、マシかと」


「そうなのか? 淑妃様はきっと、食事をとりながらお前と話がしたいのだろう。しかしどうやって話すのだ?」


「ああ……」


 確かに。私だって蘭淑妃様ともっとお話ししてみたい気もするが、まだしばらくは緊張でほとんど何も話せないだろう。


「お前、字が読めたな。書くこともできるのだったか?」


「はい、書けますが」


「なら、筆談をしたらどうだ」


「あっ……」


 その手があったかと、今更ながらに気づかされる。


「でも、紙がないと」


 紙は高級品だ。口で話す代わりに軽々しく字を書き連ねられるような金額のものではない。


「淑妃様との会話に必要なものなのだから、俺が用意する。仕事する上でもお前にとって必要なものになるだろう」


「ありがとうございます」


 紙があれば、もっと普通に話せそう。

 そう思うと、少し希望が湧いてくる。



 数日後、約束通り私は青龍宮を訪れた。


「鈴雨、来てくれてうれしいです。おいしいものをたくさん用意しておいたんですよ」


「そ、それは、どうも……」


 笑顔で出迎えてくださった蘭淑妃様の顔色が、前回お会いした時よりもよくなっていることに私はすぐに気づいた。それに目の下のクマもなくなっている。


「あの、眠れて、ますか?」


 そうたずねると、蘭淑妃様は「ええ」とうなずいた。


「兎児爺が来てくれてからは、安心して眠れるようになりました。夜も枕元でずっと見張ってくれていますから」


「それは、よかったです」


「鈴雨のおかげです。眠れるようになってから体力も回復しましたし、最近はつわりも収まってきて、ご飯も普通に食べられるようになったんです。さあ、今日はたくさん食べましょう! 鈴雨はれいざんしゅうの出身だというから、霊山州から菓子や果物を取り寄せてあるんですよ。さっそく茶室へ向かいましょう」


 そう話す蘭淑妃様は、以前とは見違えるほどに元気になられたように見えた。


 茶室に通され、席に着いた私はさっそく長雲様からいただいた紙を取り出し、そこに細い筆で字を書いた。


「あの、これ」


「それは……?」

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