第四章 兎児爺 8

「鈴雨、これで安心できそうです」


 蘭淑妃様はほっとしたように笑みを浮かべている。


「そ、それは、よかった、です」


 正直、どうにか蘭淑妃様をお守りしたい一心で筋骨隆々とさせすぎてしまったので、気に入っていただけるか心配だったのだ。


「あなたが私を思って作ってくれたのが、伝わってきました。こんな私のために……ありがとうございます……。ううっ……」


 そう言うと彼女はほろりと涙をこぼし、鼻をすすり始めた。私は「あぇ、いえ、そんな、えへ」と意味のない言葉を発しながら頭をく。こんな自分が嫌になってしまうが、彼女にとってはそうした私の様子が好ましいものであるらしく、愛情を示す霊気を漂わせている。


「鈴雨、これからはいつでも、この青龍宮の茶室に遊びに来てくださいね」


「そ、そんな、まさか、いえ……」


「冗談ではなく、本気ですよ。私はあなたと仲良しさんになりたいのです」


 にっこりと蘭淑妃様が微笑み、思わず背筋が寒くなる。


「え、あの、な、なんで……」


 驚く私に彼女は言った。


「私、人とうまく関われない方とお友達になりたかったんです。だって、みんな上手にニコニコ笑って当たり障りのない会話をできるだなんて、私には絶対におかしいとしか思えないんです。そうは思いませんか?」


「は、はあ」


「でも世の中の人たちは皆、当たり前のように適切な距離感の人間関係を構築していきますよね。私には、当然のようにそうしているほうが異常に思えるんです。みんながみんな、そうできるなんて、おかしいですよね?」


「わ、わかります」


 思わずそう口走った。私も今まで、どうして人々はなんでもないことのように人とうまく関わることができるのか、不思議で仕方なかったのだ。人から見れば私の方が異常なのだろうが、私にとっては私が普通だから、私には人々のほうが異常に見える。


「とっても、わかります!」


 再びそう叫んだ私を見た蘭淑妃様から、喜びや未来への期待感を表す明るい霊気が泉のように湧き出した。


「あなたなら、わかってくれると思いました!」


 蘭淑妃様は私の両手を包み込むように握りしめ、顔を近づける。


「鈴雨、本当に、いつでも来てくださいね。包子パオズでも果物でも、食べたいものがあればすぐにかんがんに頼んで用意させますから」


「ええ、でも……」


「もし来てくれなかったら、とっても悲しいです。あなたが来てくれる日を、私ずっと、ずっと、ずっと、待っていますからね。まずは数日中に必ず一度は訪れると、約束してくれますか?」


 穏やかに微笑みながらも、蘭淑妃様からは力強い意志を示す霊気が放たれている。


 あ、断れない。


「は、はい」


「絶対に絶対に絶対にですよ?」


「わ、わかりました。そう、します」


 だが私にとっても、たくさんの女官やきゅうの集まる食堂へ行くよりは、蘭淑妃様と一緒に茶室で好きなものを食べられるほうが気が楽だ。単純に人数が少ない場所のほうが霊気の数も少ないから楽というのもあるが、蘭淑妃様の性質もあって気楽に過ごせる気がする。

 なにせ相手も変な人なので、自分の異質さをあまり気にせずに済む。


「後宮でやっと、初めてのお友達ができました」


 にっこりと、蘭淑妃が微笑んだ。


「あは、は……」


 ──お友達。


 初めてそんなこと、言われた気がする。それをまさか、後宮のお妃様から言われることになるなんて、思いもしなかった。

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