第四章 兎児爺 6

 飛龍園は想像以上に広く、豪華な庭園だった。庭の真ん中には池があり、そこを歩いて渡れるように、龍の彫刻が施された白い橋がかかっている。その様子はまるで、水面に映った空を龍が昇っていくように見える。だから飛龍園と呼ぶのだろう。


「この橋を渡った先に建物があるだろう。あれは飛龍宮と言って、宴席や茶室としても使われる場所なのだ。飛龍宮には様々な美術品が展示されていて、その中の一つが噂の金人だ」


「行ってみましょう」


 私たちは龍の橋を渡り、飛龍宮にたどり着いた。白い龍の橋がかかる庭園と調和するような白壁に、金色の屋根瓦。屋根の上には龍の飾りが取り付けられている。

 金人はどこだろう、と思うまでもなく、飛龍宮の入り口にそれは立っていた。


「お、おっきい!」


 金人とは、人をかたどった金属製の像のことを指す。金人に使用される金属には様々なものがあるが、飛龍園の金人は全身が黄金色に輝いており、表面が厚く金で覆われているようだ。見上げるほどの大きさで、なにかの神仏の姿を表しているように見えた。なめらかで中性的な体つきで、奇妙なことに腕が四本ある。手足には異国情緒を感じる紋様が施されていて、頭飾りの装飾は驚くほど精密だ。


「二百年ほど前からあると言われているらしいが、一体どこのどういうものなのか、出所は不明なのだ。何の神なのかもわからぬ。交易によって得たものなのか、昔の戦の戦利品として得たものなのか」


「このように高度な金の加工技術は、りゅうせいこくにはありません。西域の国々には優れた金の加工技術があると聞きますから、おそらくそちらで作られた物かと」


「お前は金の加工にも詳しいのか?」


 驚いてたずねる長雲様に、私は答える。


「金の加工というか、金人には興味がありまして。造形など、泥人形作りにも参考になる部分があるのではないかと、昔金人に関する書物を読んだことがあったのです」


 こういった知識があるのも、全ては後宮からたくさんの書物をれんてん村に持ち帰ってくれたおばあちゃんのおかげである。


「なるほど。西域の国々というと、砂波国や羊国……」


「かつての虎国、今の虎州のあたりにも、加工技術は伝わってきていたかもしれませんね」


「ああ。二百年前と言えばちょうど龍星国が虎国との戦いに勝利し、虎国が龍星国の一部となった頃だな。ではおそらく、その時に虎国から得たものなのだろう」


 大量の金を使用した立派な神仏像だから、きっとかつての虎国の人々にとっては国一番の宝物だったに違いない。それを取り上げてここにこうしてまつっているのだと考えると、なんとも残酷なことのようにも感じる。


「それで鈴雨、この金人からは霊気や呪いを感じるのか?」


「ええと……」


 私はしばらく金人を見上げてから言った。


「何も感じ取れません。神仏像特有のおごそかな魂の色は見えますが、呪いの力で動き出すようなことはないと思います。魂人形のように動くことも考えられません」


「そうか。ならば金人については解決したな」


「ですね。というか仮に動いたとしても、こんな大きなものが動いたらすぐに見つかっちゃいますね」


「確かにその通りだ」


 やはり噂は噂だったか、と思いながら私は金人の元を後にする。


 最後に一度だけ振り向いてみると、金人はどこか物悲しそうな顔で宙を見つめていた。それはまるで、人間の愚かさを憂いているようでもあった。

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