第四章 兎児爺 4

 女官が出してくれたお茶を飲みながら、蘭淑妃様の話を聞く。妖艶な雰囲気ではあるものの、年の頃は私と同じくらいに見える。


「私、近いうちに殺されるんです」


 もうすっかりあきらめた顔で、彼女はそう語る。なぜか安らかに微笑んでいるのが、逆に怖い。


「陛下は幻覚だっておっしゃるけれど、本当に見えたのです。真夜中に三人の武人が、庭の木の陰に立って、私の様子をじっと見ていたんです」


「陛下が、淑妃様は夜もお眠りになれないとおっしゃっていましたが」


 長雲様がそう言うと、彼女はため息をもらした。


「ええ、そうです。だって自分がいつ殺されるかわからないんですもの。とてもじゃないけれど、怖くて眠れません」


「武官に毎晩見張りに来させればよいのでは?」


「武官に見張らせてもいますが、今のところ不審者は見つかっていないんです。私も武人が見えたのはあの一晩……それも一瞬だけ。もしかしたら、呪いの類なのかしら。それとも見張りの者たちも私を暗殺する者に協力しているのか……」


「それはないでしょう」


「あら、それはどうかしら」


 蘭淑妃様は表情を暗くした。


「ここはそういう場所ですもの。宮廷では、子を授かった私を憎んでいる者の方が多いでしょう。私はなんの後ろ盾もない名ばかり貴族の娘です。誰もが、私とおなかの子など、死ねばいいと思っている……。うっ、ううっ、ぐすっ……」


 さめざめと涙を流し始めた彼女に、お付きの女官が寄り添い、なぐさめる。

 溢れ出した悲しみの霊気が室内に充満する。重たくて陰鬱な霊気の匂いが鼻に届き、私は胸が締め付けられるように痛んだ。


 陛下の言う通り、蘭淑妃様は心の病かもしれない。

 病を治し、呪いや厄災から彼女を守るには、どんな人形が最適だろうか。


「……兎児爺トゥルイエを、おつくり、します」


 とっさに私はそう口走っていた。


「兎児爺……。中秋節のお祭りで見かける、月のうさぎのお人形さんね。そういえばもうじき、中秋節だったかしら」


 涙をぬぐいながら、彼女は顔を上げる。


「はい。う、うさぎの、お人形です。とぅ、兎児爺が、し、淑妃様、お守り、しま、す」


「そう……」


 たったこれだけの説明ではなにもわからないだろうに、蘭淑妃様は私の顔を見て、少し嬉しそうにした。


「私とお腹の子を守るために、作ってくれるのね」


「は、はいっ」


 一生懸命、そう答え、ぶんぶんうなずいた。


「ありがとうございます。楽しみにしています」


「は、い」


 おどおどしながらそう答える私を、なぜか彼女が愛おしんでいることが、その霊気から伝わってくるのだった。

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