第四章 兎児爺 3

 蘭淑妃様の住まう青龍宮は、緑のあふれる美しい場所だった。広々とした庭には様々な木々や花が植えられ、庭には小鳥やちょうも集まってきている。後宮内とは思えないようなのどかな光景だ。蘭淑妃様の故郷が自然豊かな場所だったのでそのような庭にしたのだと、案内役の女官が教えてくれた。


「失礼いたします」


 女官に通され、長雲様に続いて広間に入室する。するとそこには既に蘭淑妃様のお姿があった。お昼寝中だったのか長椅子に横になっていて、私たちが来たのを見てゆっくりと体を起こした。


 ふわりと結った髪とほっそりとした体つきが印象的なお妃様。体調が万全でないからなのか、衣服や装飾品は魏徳妃様ほどの豪華さではない。だが淡い色調の襦裙や柳のようにしなやかな手足、長いまつ毛とけだるそうな表情がなんとも言えず美しく、思わず目がくぎけになってしまう。


 だが寝不足のせいなのか、目の下にはうっすらとクマができている。


「淑妃様、例の人形師が来ましたよ。さああなた、こちらへ」


 女官の一人が私を呼び寄せ、近くで挨拶をするように促してくる。


「こ、こう……んぅで……す」


 名を名乗ろうにも、緊張で口が回らない。そんな私を眺めながら、蘭淑妃様は不思議そうに首をかしげる。


「猫の、お面……?」


「申し訳ございません。この者は極度に人を怖がる性質ゆえに、お面で顔を隠さねば人前に出られないのです。会話も、私が補助させていただきます」


 長雲様がそう説明すると、蘭淑妃様は明るい顔をされた。


「あなた、人間が怖いのですね。それならお話が合いそうです」


「……ぇうっ?」


 思わず小さく声を漏らした。私と、同じ……?


「というか、他人が人間を怖がっている様子を見るのって、とっても面白いものですね」


「は、はあ……」


 クスクスクス、と口元をじゅの袖で隠すようにしながら蘭淑妃様は笑いだした。そして笑いが止まらなくなってきたのか、身をよじらせながら肩を震わせ、お付きの女官たちが心配そうに彼女の体にそっと手を添えている。


 その魂は優しげな色をしているが、感情の霊気は不安定で、色とりどりの霊気の波が湧き出しているのが見えた。

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