第四章 兎児爺 2

「どのような人形になりますでしょうか」


 物がうまく言えない私に代わり、長雲様がたずねる。


「うむ、今度はまた、魂人形を作ってほしい。余ではなく、らんしゅくに」


「蘭淑妃様に、でございますか」


「そうだ。余が愛してやまない、れんはかなげでちょっと天然な……あの蘭淑妃にな」


 蘭淑妃様……。私がそのおきさき様について知っていることは、彼女が後宮の四夫人の中の一人であることくらいだ。位が高いのだから、家柄もよく陛下のちょうあいを受けていらっしゃるお方なのだろう。


 四夫人の妃は皆同じ正一品の位だが、その中にも一応序列があり、貴妃・淑妃・徳妃・賢妃の順となる。現在賢妃は空席だが、四夫人には他にちょう貴妃様と、あのとく様がいる。淑妃様にだけ先に魂人形を作るとなると、他のお妃様との争いの元になったりはしないのだろうか。


「陛下、なぜ淑妃様に、なのでございましょう」


 同じことを疑問に思ったのかそうたずねる長雲様に、陛下は答えた。


「実はな、ここだけの話だが、蘭淑妃は子を授かったようなのだ」


「なんと、そうでしたか……。陛下、この度はおめでとうございます」


「うむ」


 嬉しそうににんまりと陛下が笑い、ビシビシと陽の気が飛ぶ。だが、すぐに不安を表す暗い霊気のもやが陛下を覆い始めた。


 えっ、陛下でも陰の気を出すんだ……。

 思わず呆気にとられ、目を丸くして陛下を見つめてしまった。


「実はのう、めでたいことにはめでたいのだが、なにせ今までの事件のことがある。蘭淑妃は神経質になり、夜も寝付けぬようなのだ。なにやら幻覚も見えるのだとか。毎日暗い顔をして、これでは呪いやら策略やらで殺されるよりも前に、寝不足で死んでしまいそうだ」


 陛下は深いため息を漏らす。好きな女性の不調が、心底心配なのだろう。


「あれは本当に繊細なのだ。美しい容姿をしているのに自分に自信がなく、後宮へ来てからは泣いてばかりいた。それが徐々に周りの女官たちとも打ち解け、笑顔も見せるようになっていたというのに……。ああ、またあの天女のごときほほみが見たいものだ。内気で優しくて、ちょっと不思議な淑妃……。い! 良いのう!」


 陛下は深い愛情を示す霊気を放ち始めた。陛下は全ての霊気が強いので、こちらまで飲み込まれそうになる。


「なるほど……。とにかく、蘭淑妃様の心の不安をなくし、お守りするための人形が必要、ということなのですね?」


 長雲様がたずねると、陛下はうなずいた。


「その通りだ。夜になると自分が襲われるのではないかと不安になり、寝付けないらしいから、まずはそこを改善してもらいたい。……まあどのような魂人形を作るべきなのかは、直接話して決めると良いだろう。夜眠れないのはかわいそうなのでな、至急とりかかってもらえるか」


「かしこまりました。ではさっそく、お話をうかがってまいります」


 長雲様と私は頭を下げ、陛下の元を後にする。


 蘭淑妃様って、一体どんなお方なんだろう。

 いきなりこれからお会いするなんて、緊張してしまう。食堂で時たま耳にするうわさばなしによれば、ここ後宮では上級妃に嫌われれば悲惨な未来しか待っていないようだ。ヘマをするわけにはいかない。

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