第三章 徳妃様の瞳 10

 その数日後、私は皇宮に飾るための人形に彩色を済ませ、陛下に献上した。この人形は工房が荒らされたときには被害に遭わなかったため、無事予定通りに完成できた。妖艶で美しい架空の妃の像に、陛下は大変お喜びになった。皇宮の入り口に飾ってくださるそうである。


 先日宮妓たちに絡まれた件もあるからか、長雲様が工房まで送り届けてくださることになった。背の高い長雲様にくっついてちんちくりんな自分が歩いている様子は、きっと端から見れば手のかかる子供の面倒を見ているようにしか見えないだろう。ああ、どんどん申し訳なくなってきた。


「すみません、お手を煩わせて……」


 思わずそう謝ると、長雲様はそれを制止して言った。


「いや、謝るのは俺のほうだ。悪かったな」


「へ?」


 思わず顔を上げ、長雲様を見つめる。普段から元気なたちではないが、それでも何事にも動じない強さを持ったお方だとは思っていた。それが今はいつになくしょぼんとして、悲嘆の霊気をにじませている。


「俺のせいで、お前の仕事に支障をきたすところだった」


「いえ……」


「工房を荒らされ、原料の土まで駄目になった。そういうことが起きないようにするのは、本来俺の役目だからな」


「ああ……。でも、もう大丈夫だと思います。私に嫌がらせすると祟られるって、みなさん信じ込んだみたいですから」


 魏とく様のけんせいの威力は絶大だった。今や後宮内の道を歩いていても、食堂へ行っても、人が避けていくようになったのだ。便利で助かる。


「魏徳妃様には二度も助けていただいてしまいました。そういえば、魏徳妃様が浄眼をお持ちなのはご存じですか? 私、びっくりしたんです」


 たずねると長雲様はうなずいた。


「ああ、有名な話だから知っているよ。魏家は巫術にけた一族だからな。さいに関わる部署にも魏家のものは多いし」


「あの……。であれば、なぜ陛下は魏徳妃様に頼らず、山奥に住む私をわざわざ呼び寄せたのでしょう? 浄眼をお持ちの魏徳妃様や巫術に詳しい魏家の方々が調べれば、問題は解決できるのではないですか?」


 すると長雲様は浮かない顔で答えた。


「なぜ頼らないのかと言ったら、それは魏家が呪術にまつわる事件の犯人としては一番疑わしいからだよ」


「それは、どういう……」


「先々代の時の呪術騒ぎの犯人は、その当時の魏家の妃だったからね」


「えっ」


 思わず私は言葉を失った。


「そのことで一時、魏家は宮廷から追放された。今はその後の皇帝への献身が評価されて、また戻ってきてはいるが……」


「そうだったのですね」


 自分を助けてくれた浄眼を持つお妃様が、一番の犯人候補だったなんて。それも先々代の呪術騒ぎの時に追放されたということは、私のおばあちゃん、こうすいれんに悪事を暴かれたということだ。


 そんな経緯があったのなら、連天の人形師である私は魏家に恨まれていることだろう。だがそんなことはおくびにも出さずに、魏徳妃様は私に優しくしてくださったのだ。


 魏徳妃様と見つめ合ったあの瞬間のことが脳裏をよぎる。キラキラと輝く浄眼と、穏やかな霊気。「私を頼れ」とおっしゃった、あの言葉にはうそがなかった。


 だけれど、一体どんなお気持ちで、そうおっしゃったのだろう。


 心がぎくしゃくする。胸騒ぎがして気持ちも暗くなり、肩を落として無言で歩くうちにいつの間にか工房にたどり着いた。すると長雲様が、持っていた布袋を手渡してきた。


「まあ、無事に人形も完成したことだし、これでもどうだ」

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