第三章 徳妃様の瞳 9

 よし、一言、言ってやる。


「わ、わー! の! つ、ち! いのちのぉ! ぐ、けがっ、けがし! た!」


 なるべく大声でそう叫んだ。気持ちが高ぶりすぎてひどどうがする。


「ひゃっ、なに?」


「こわいこわいこわい」


「やだあ、なにかりついてるんじゃないのぉ?」


 麗冰を取り囲む宮妓たちが、私の剣幕を見て不気味がって距離を置く。


「ぷっ。何言ってんだか全然わからないわよ」


 余裕の表情で噴き出し笑いしてみせる麗冰だが、焦りの霊気が現れ始めた。

 とそこに、私に追いついた毛毛がやって来て、私の頭に乗る。


「え、なにこの猫。焼き物なのに動いてる」


「やだやだやだ」


「ああ気持ち悪い……。しっしっ」


 麗冰のそばにいた宮妓たちはさらに距離をとる。

 毛毛は威嚇するようにひげの毛を逆立てた。


「キメェとか言ってんじゃねーぞこら!」


 ひゃーと叫び声を上げながら宮妓たちが走って逃げる。


「しゃべった!」


「あの猫、顔が怖い!」


「だれか石でも投げて壊してよ」


「いやよ、呪われそうだわ」


 麗冰は食い入るような目で毛毛を見つめている。

 恐怖を表す霊気を発しているが、私に負けたくないとの思いから強がって仁王立ちを続けている様子だった。よほど怖いのか、瞳が潤んでいる。


「ハッ。どうせからくり人形みたいなものでしょ。私はだまされないわよ」


「麗冰、今日はやめておきましょ。あまり騒ぎが大きくなると、お叱りを受けるわ」


「気味が悪いからもう行きましょうよ!」


 背後から宮妓たちがそう声をかけている。


 ……逃げるだって?

 命の土を汚しておいて、罪も認めず逃げるつもりか!

 激しい怒りが体中を駆け巡る。


「つ、ち! ころ、した、な!」


 大声でそう叫ぶと、宮妓の一人が言った。


「麗冰がやるって言うからついていっただけよ!」


「わたしはやりたくなかったわ!」


「……な」


 仲間からの裏切りに遭い、麗冰が顔をゆがめる。


 そんな風に騒いでいるうち、通りの向こうからおきさき様とお付きの女官たちが姿を現した。

 きらびやかな髪飾りと、頭から垂れる薄絹のめんしゃ


 魏徳妃様だ。


「お前たち、懲りずにまた騒いでいたのか」


「騒がしくして申し訳ございません」


 宮妓たちは次々に、地に伏せるようにして頭を下げる。


「今度はどうしたのだ」


 すると頭の上の毛毛が話した。


「こいつらが人形工房を荒らしたのさ。工房に顔料をまき散らして、連天の土も駄目にしちまった!」


「ほう。それは勇気のある者もいたものだな。連天から来た人形師の工房を荒らすとは」


 魏徳妃様はそう言って、苦笑いなさった。


「わ、私たちは工房を荒らしてなどおりません! でもあのぅ、念のためおうかがいしたいのですが……勇気がある、とは?」


 宮妓の一人がおそるおそるたずねると、魏徳妃様は答えた。


「おぬしらは知らぬのか? 連天は神とつながる土地。その土には命が宿り、時に命を持つ人形、たまにんぎょうが生まれるそうだ。いわば魂人形作りとは、じゅつに近い。そんな連天の人形師の工房を荒らし、土を汚せば、きっとたたられるであろう。誰がやったのかわからぬが、私にはとてものできぬ所業だ」


「えっ」


 宮妓たちから不安や恐怖の霊気がどばどば湧き出してきた。


「人形師は巫術師だったってこと?」


「魏徳妃様がおっしゃるんだもの、きっと本当よ」


 そう誰かが言った。どうやら魏徳妃様は位が高いだけではなく、後宮内で高い信頼を得ている様子だ。


「ねえ、あの人形師に顔を覚えられる前に行きましょうよ……」


「そうしましょ」


「徳妃様、申し訳ございませんが、所用で持ち場へ戻らねばなりません。私共はこれにて失礼いたします」


「お騒がせいたしましたこと、重ね重ねおび申し上げます」


 宮妓たちは深々と頭を下げると、の子を散らすように逃げていってしまった。

 一人残された麗冰は「チッ」と舌打ちしてから、去っていく宮妓たちを慌てて追いかける。


 魏徳妃様はゆっくりと私に歩み寄り、言った。


「これでもう、工房を荒らされることはなかろう。掃除に人手が必要なら、女官を幾人かそちらに向かわせることもできる」


「いえ、だいじょう、ぶ、です。ありがとう、ござい、ます」


 たどたどしくそう答え、深々と頭を下げた。


「そうか。大変であったな」


 魏徳妃様は優しくほほむ。私はその笑顔に、おばあちゃんの面影を重ねていた。


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