第三章 徳妃様の瞳 8

「えっ……」


 顔料が工房の中のあちこちにかれて飛び散っているし、道具が床に散乱している。


「鈴雨!」


 駆け寄って来た毛毛が、私の胸に飛び込んだ。


「ごめんね鈴雨、あいつらを何とかしたかったけど、独りだとなんだか心細くて、怖くて止められなかったんだ」


「いいの。毛毛が無事ならそれで。あの……あいつらって?」


「派手な格好のきゅうたちだよ。前に鈴雨にお面を外せって言ってきたのと同じ人たちじゃないかな。麗冰っていう褐色の肌の宮妓もいたから」


「そんな……」


 確かに麗冰はあの一件以来、私を嫌っているだろうとは思っていた。私が立ち去った時にはにらみつけられてしまったし、魏とく様と長雲様が私をかばったこともあり、あの件で麗冰は後宮内での評判を落としたはずだ。

 これはその仕返しということだろうか。


「あっ」


 私は連天村からわざわざ持ち込んだ土の入ったかめが、倒されて割れているのを見つけた。慌てて駆け寄り、土の状態を確認する。


「……ひどい」


 土には大量の灰が振りかけられている。これではこの土は使い物にならない。

 また連天から土を取り寄せるのには何日もかかる。

 だがそれより、私はこの貴重な土を、価値のわからない者たちの手によって汚されたことに怒りを覚えた。


ねて、水をやって、寝かせて、一年以上かけて育てた連天村の土なのよ……。この土は状態も良くて、いい人形が作れるはずだった土なのに……」


 こんなの、命の宿った土を殺されたようなものだ。


「許せない」


 どんなにみっともない状態になってもいいから、一言文句を言ってやらねば気が済まない。私が麗冰にはっきりと物を言えるとは自分でも思えないが、もう「わー」でも「このやろー」でも何でもいいから言ってやる!


 私は怒りに震えながら表の通りに出る。


「どこ……どこなの……」


「まって鈴雨、僕も行くから!」


 慌てて毛毛が私を追いかけてくる。


 宮妓の住む区画のほうへ歩いていくと、待っていたとばかりに麗冰が宮妓を引き連れ、姿を表した。


「あら、人間がこわい人形師さんじゃないの。どうかした?」


 麗冰は自信満々に笑みを浮かべ、仁王立ちした。大きく開かれたじゅくんの胸元からは、はち切れんばかりのたわわな胸がその姿をのぞかせている。


「ねえ、一体どうしたの? 黙ってないでよ。ちゃんとお話ししなくちゃわからないわ」


 眉をひそめ、いかにも愉快げに笑ってみせている。


 こんなに馬鹿にされ、連天の土まで台無しにされて、黙ってなんかいられない。

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