第三章 徳妃様の瞳 3

「すご……」


 私は後宮内の景色を眺めつつ大龍門へと向かう。たまに食堂へ行く以外には外に出ていないのもあって、このきらびやかな風景が全然目になじんでいない。


 栄安城の内城はほぼ左右対称の作りになっており、大龍門に最も近い中央の位置に陛下の住む皇宮がある。皇宮周辺にはきさきとそのお世話をする女官たちが住む宮が並んでおり、妃の中でも最も位の高い正一品にあたる四夫人たちの宮はひときわ広い。


 四夫人には通常、貴妃、淑妃、徳妃、賢妃が任命されるが、現在賢妃は空席……なぜなら殺されてしまったちょうというのがその賢妃様だったからである。それから陛下にはまだお子がいないこともあり、皇后は冊立されていない。


 妃たちの宮の外側には女官、きゅうたちの住まいや食堂がある。そして外壁に近い土地には作業場や女工の工房が置かれている。つまり陛下に用事のない建物ほど外側にあるわけだ。


 そういうわけで、大龍門は私の住む工房からは少し遠い。碁盤の目のようにまっすぐに延びる道を歩いていると、時折女官たちとすれ違う。

 私はなるべくすれ違わずに済むよう、前方から人が来るのが見えるとすぐに道を曲がり、人に近寄らないようにしているのだが……。


「うぁっ……」


 通りが交差する箇所で、宮妓の集団に出くわしてしまった。ちなみに宮妓と女官の見分けはなんとなくつくようになった。きちんとした衣服の着こなし方で装飾品を控えめに身に着けているのは大抵女官で、胸元を広げて服を着崩し、派手な髪型をしているのが宮妓である場合が多い。妃を目にしたことはまだない。


 宮妓たちは皆、驚いたようにこちらを見つめ、不快感を示す霊気を発した。

 無理もない。猫のお面を被った挙動不審な人間がいたら、誰だってそうなる。

 中でもひときわ華やかな雰囲気をまとった宮妓が、一歩前に出て私の顔をのぞき込み、つぶやいた。


「気持ち悪」


「…………」


 いくら私でも、面と向かってそう言われたのは人生で初めての出来事だ。

 世の中すごい人がいるものだな、とびっくりしつつもその宮妓を見つめる。褐色の肌に彫りの深い顔立ち。大きな瞳とくっきりした目鼻立ちが印象的な、いかにも気の強そうな女性だ。


「あんた、あのはいきょみたいなしきに住むようになった女工でしょ?」


「……は、い」


「あんなところによく住んでいられるわよね。幽霊とか出ないの?」


「あ……う……」


 お面を被っていても、初対面の人と話すのは苦手だ。その上こういう高圧的な態度をとられると、何も話せなくなってしまう。

 どうしよう、と困っていたら、褐色の肌の宮妓は愉快げに笑った。


「ねえ、もしかして、言葉が話せないの?」


「…………」


 強気な言葉通りの攻撃的な霊気と共に、焦りや不安を表す霊気が彼女から広がっていく。


 ……一体、どうして焦っているんだろう?

 疑問に思うが、もちろんそうたずねることなどできない。


「名前も名乗らず、お面を被ったままでいるなんて失礼にもほどがあるわ。今すぐそのお面を外しなさいよ」


「う……」


 プルプルと首を横に振り、お面を手で押さえる。宮妓たちは「れいひょうったら、ちょっとやりすぎよ」とささやきながらも楽しげに笑っている。


 その声に触発されたかのように、彼女は私の両手首をガシッとつかんだ。

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