第二章 阿福人形 7

 それから数日がち、私は焼成と彩色を終えて阿福を完成させた。


 食事のために食堂へ出るとき以外、私は一切外出せず、工房の中でひたすら人形作りに没頭していた。


 ここの環境も悪くはないかもしれない。人形作り以外のことはせずに済むし、異様なものを見るような目では見られるものの、話しかけられることもほとんどない。

 彩色に使う顔料は、長雲様にお願いすればどんな高価なものでもすぐにそろえてもらえる。金彩をおしげもなくたっぷりと施し、思い描くままに色付けすることができた。



 長雲様と共に、再び皇帝陛下に謁見する。


「ご依頼の品をお持ちいたしました。連天名物の阿福人形でございます。阿福は悪い獅子から子供を守ったと言い伝えられる神であり、阿福自身も子供の姿をしております。こちらの阿福は女児の姿にて作製いたしました」


 私の代わりに長雲様がそう説明し、箱に入った阿福を陛下にお見せする。


「ほう、これは見事な人形だ。ふくふくとした体つきで、景気のい笑顔をしておる。たんの花飾りや衣装の色使いも華やかで良い。両手で抱えているのは、阿福が退治したという獅子だな?」


 陛下にそうたずねられ、私はうなずく。


「なるほど、だが……この人形は動かぬようだ。魂人形とは動くものなのではないのか?」


 首をかしげる陛下に、箱の中から阿福が話しかける。


「陛下に拝謁いたします。ワタクシ阿福は、しき獅子より必ずや陛下とそのご子孫をお守りしてみせましょう」


「な……」


 突然話し始めた阿福に陛下は驚き、目を見開く。


「に、人形の口が動いておる! ほ、頬も、眉も、手も……」


「どうして驚かれるのです? 陛下は動く魂人形をお望みだったのでしょう?」


 そう言って阿福はフフフと笑いながら浮き上がり、箱から飛び出してくるりと宙を舞って見せた。


「おおお……」


「無礼者!」


 とっさに陛下の側近が阿福にやりを向けた。すると阿福はその槍を素手でつかみ「えいやァー」と言いながら側近もろとも地面にねじ伏せた。


「な、なんという腕力!」


 驚きの声をあげる陛下に、阿福は自慢げに胸を張ってみせる。


「ワタクシは小さいけれど、力はめっぽう強いのです。そこらへんの人間なんかには負けません。それに陛下に降りかかる厄を片っ端から弾いて差し上げますわ。なにせワタクシは神なのですから!」


「おぬし、筋力が強くて自己肯定感が高いのう! ずんぐりむっくりとしておるが、そこもまたたまらなく愛らしい!」


 どうやら阿福は陛下に気に入っていただけたようだった。


 良かった。陛下のように強い陽の霊気にあふれたお方のお供は、同等の力強さを持った人形でなければ務まらないと思ったのだ。


「黄鈴雨、そなたの魂人形づくりの腕が確かであることがこれで証明された。褒美に馬毛の絵筆と金のかんざしを与えよう。今後も余と余の愛する妃たちのため、人形作りに励むように」


「ありがたき、しあわせに、ぞんじ、ます」


 私は深々と頭を下げた。



 陛下から追加の注文も受け、私はホクホクしながら工房へと戻る。今度は魂人形ではなく、皇宮内に置物として飾るための人形を作製してほしいとのことだ。

 長雲様は工房まで付き添って送ってくださるようで、私と並んで歩いている。


「やはり、お前の魂人形はすごいな」


 死んだ目のまま、ぼそりと長雲様がつぶやく。


「いえ……」


 でも、陛下に自分の作った人形を気に入っていただけたのは、とてもうれしかった。


 思えば今まで連天村では、魂人形作りは私に課された当たり前の業務だった。村のために働く人形を作り、感謝はされていた。だがこんな風に驚かれて大喜びされたのは初めてのことだ。その上美術品としても評価され、新たなご依頼までいただけるなんて。


 今度はどんなものがいいかな。皇宮の入り口に飾りたいとおっしゃっていたけれど……。

 とウキウキしながら考えていたが、なぜか隣を歩く長雲様が、めずらしく不安や心配を表す暗い霊気を放ち始めた。


「……え?」


 思わず私は長雲様の顔をのぞき込む。その表情は、いつも通り「無」だった。


「どうかしたか?」


「な、なんでも」


 反射的にスッと顔をそらし、私はうつむいた。

 長雲様は一体何を不安に思っていらっしゃるのだろう。気になるけれど、たずねることはできなかった。

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