第二章 阿福人形 6

 後宮内の食堂では、調理や配膳を担当する尚食局の女官たちが忙しそうに働いていた。


「いらっしゃ……」


 猫のお面姿の私を見て、出迎えた女官は言葉を失った。

 無理もない。食堂を見渡しても、もちろんお面なんかかぶってるのは私だけだ。


「す……ませぇ……」


 かすれ声で、思わず謝る。すると私の姿に気づいたとある年老いた女官が言った。


「あ、あんた連天から来たっていう人形師だろう?」


 こくり、とうなずく。なんで、わかったんだろう。


「ちょっと待ってな、今盛ってやるから」


「は、はい」


 とりあえずその年老いた女官の近くに立って待つ。すると彼女は様々なおかずを手際よく盛り付け、あっという間に私の分の食事を用意してくれた。


「そこの空いている席で食べるといいよ」


「どうも……」


「あんたのおばあちゃんには昔世話になったよ」


 こそっと年老いた女官が私に耳打ちする。


 そっかこの人、おばあちゃんが後宮にいた頃を知っている人なのか。他の人は私を見て不審に思っていることを示す霊気をバチバチに放っているが、彼女だけは私に対して好意的な霊気を浮かべている。


 ありがとうございます……。

 心の中でそうお礼を言いつつ席に着き、久しぶりにまともなご飯を食べる。


 お、おいしい!

 おかゆに、魚の煮物に、豚肉と野菜のあつものまで。


 連天では素朴なボソボソ食感の小麦の餅ばかり食べる毎日だった。さすが後宮の料理は違う。栄養とうまみが体に染みわたる。


 ちょっと感動しながら味わって食べていたら、少し離れた席に座っていた女官たちの声が耳に届いた。きさき付きの女官であればそれぞれの宮で食事を取るので、ここにはどの妃にも選ばれなかった女たちが集まっている。きっと女官の中では平民に近い者たちが集うのだろう、周りも気にせずわいわいがやがやとうわさばなしで盛り上がっている。


「ねえ、れいひょうったらヤバイのよ。最近じゃ、下級妃たちにまで目ぇつけられちゃって」


「だってあの子、宴席に呼ばれて舞を披露したときに、陛下に色目を使ったらしいじゃない」


「舞の演出じゃなくって?」


「違う違う。元々の振り付けにあんないやらしい動きはなかったんだから」


 女官たちはクスクス楽しげに笑ってみせているが、霊気の色と匂いからして、どうやら彼女たちは麗冰というきゅうに嫉妬しているらしい。


「でも正直いい気味だわ。いつも宮妓を何人も引き連れて偉そうにしてるのが気に食わなかったのよ。陛下に少し気に入られてるからって」


「陛下は麗冰のどこがお気に召したの? きょうじんな脚力?」


「あの子の舞には風情がないわ。クルクル回るだけならコマでもできるのよ」


 ウフフフフ、と堪えきれなくなったように女官たちが笑い出し、薄汚い感情で濁った霊気が泉のように湧き出す。

 そしてご飯が、まずくなる……。

 これだから人の集まる場所には近寄りたくないのだ。


「あの子、しゃにならない悪いうわさもあるでしょう? あれが事実なら大変なことだけど」


「あー、私も知ってる、その噂」


「えっ、私知らない! どんな噂なの? 教えてよ!」


 自分だけが知らない話があることを不安に思ったのか、一人の女官が他の女官たちにたずねる。


「ん〜、ここで言うのもねえ……」


 皆顔を見合わせ、歯切れ悪くニヤニヤと笑ってみせるばかりだ。


「ちょっとぉ、どうして教えてくれないのよ」


「だったらあんたも面白い話を聞かせなさいよ。その内容次第では教えてあげる」


「じゃあもうしょう様のお話は知ってる? ご実家から送られてくる装飾品を、最近色んなお妃様に声をかけて売り払っているらしいわよ。ああ見えてよっぽどお金に困っていらっしゃるのよきっと」


 すると話を聞いた女官ががっかりしたような表情を浮かべた。


「なあんだそんな話、とっくに知ってるわよ。それに孟家は栄安一もうけてる商家なんだから、お金に困っているわけがないでしょ。後宮内でも商売がしたいだけよ」


「なんなら、そのために入宮されたんじゃない? まったく、商魂たくましいわよねえ」


 女官たちがどっと笑いだす。


 はあ……。もうこの場にいたくない。

 私は急いで食事を済ませ、食堂を後にした。


 料理はおいしかったけれど、やっぱり居心地のいい場所ではなかった。

 だがとりあえず、我慢すればなんとか食堂でご飯を食べることはできそうだとわかった。

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