第二章 阿福人形 5

 翌日、私は工房の奥にある寝室で目を覚ました。人一人が寝泊まりできる程度の広さしかない、こぢんまりとした寝室。ちょっとした棚があったので、そこに連天から持ってきたわずかな荷物や、長雲様からいただいた衣類を入れてある。


「鈴雨、もう起きるの?」


 眠たげに毛毛が、布団からい出て来た。


「うん、陛下からのご依頼も受けたしね。どんな阿福にしようか、うずうずしちゃって」


 さっそく工房に入り、人形作りに取り掛かる。


 人形作りに使う道具も連天の土も、荷物と一緒に運んでもらってある。私は土の入ったかめの蓋を開けた。

 この土はただの土じゃない。掘り出した連天村の土に時々水をかけながら一年以上寝かせ、何度もたたいてねて、人形作りに適した土になるよう大切に育てた土なのだ。


「ああ美しい」


 私は光を帯びたその土を手に取る。

 はあ、土を触っていると気持ちいい。


 土の中には小さな霊気の粒がたくさん詰まっている。これは生命の種みたいなもので、これがあるからこそ土から様々な木々や作物が育つのだ。

 命の粒はみんな、光り輝いている。


 魂人形を作る際にはその霊気の粒を意識してつなげていく。キラキラと光る粒がぶつかり合い、小さくはじけながら一つになっていく。人間も、夜空の星も、この世の全てのものはこの粒で出てきているんだって、昔おばあちゃんが言っていた。


 そして完成する生命の姿を意識しながら形を整えれば、自然と命を持つ人形が出来上がっていく。


「陛下をおそばで見守るのには、きっとこんな阿福がいいわね……」


 私は土を捏ね、霊気の粒に触れながら成形していく。その様子を毛毛が見守る。


「やっぱり鈴雨は人形を作っている時が一番輝いているよ」


「ありがとう」



 成形を終えたら数日かけて陰干しして自然乾燥させる。連天の土は粘り気が強いから、焼かずに陰干しだけで作ることもできる。大衆向けの安価な人形であれば焼かずに作ることが多いのだが、やはり耐久性を高めるには焼いた方がいい。私は阿福を庭にある窯で焼成することにした。


「おばあちゃんが後宮にいた頃からはもう四十年以上っているはずだけど、この工房も窯も、よくそのまま残っていたよね」


「まあ魂人形をよく知らない人からしたら、怖くて手を加えられないんじゃないの? 命を持つ人形を生み出した場所なんてさ」


「そっかあ、そういうものかもね」


 誰も手をつけていなかったおかげでこうしておばあちゃんが使っていた工房をそのまま使えることになったのはうれしいけれど、国中に名の知れた人形師であるおばあちゃんの作品が物置に雑に放置されているのはひどいと思ってしまった。どこかに飾っておけばいいのに。それも気味が悪いと思われてしまうのだろうか。

 あるいは先帝の時代に連天が不遇であったのと、何か関係があるのか。

 そんな考え事をしていたら、毛毛が不思議そうにたずねた。


「ねえ鈴雨、そろそろ食堂へ行ってご飯でも食べたら?」


「へっ」


 思わず顔をしかめる。毛毛は何を言っているのだろう。私が食堂へ行きたいわけないじゃないか。


「だって鈴雨、昨日後宮へ来てから、ろくなもの食べてないじゃない。連天から持ってきた干し果物をちまちまかじってばっかりで。おなかすいてるでしょ? もう夕方だよ」


「いや、人形作りに集中したかったし、まだここでの暮らしにも慣れていないから……」


 ──ぐぅぎゅるる。

 あ、私すごくお腹、すいてる……。


「食堂が怖いんだろうけど、ご飯食べないわけにはいかないんだから行っておいでよ。人形が乾燥するまでの間はやることもないんだし」


「うーん」


 怖い!


「飢え死ぬつもり?」


 ぎろりと毛毛が私をにらむ。


「いや、飢え死にたくはないけど……」


 とにかく外に出るのが怖いから、極力食事はしないつもりでいた。

 でももちろん、そういうわけにはいかない。


「怖がってないで、まずは行ってごらんよ。ちゃんと栄養とらないといい人形作れないよ」


 いい人形作れない、確かにそうかもしれない。


「わかった、行ってくるよ……」


 しぶしぶ、私は食堂へ行くことにした。

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