第二章 阿福人形 4

 皇宮を出ると、長雲様に後宮内を案内してもらいながら自分が住むことになる場所へ向かう。


「ち、長雲様も、後宮、入って、大丈夫なん、です?」


 ふと疑問に思ってたずねる。後宮というと男子禁制というイメージがなんとなくあったからだ。

 長雲様は手にした木札を見せながら言った。


「業務上必要がある時のみ、この通行許可証が発行される。これを持つ官吏であれば後宮内に入ることは可能だ。ただし、どこで何をして過ごしたか、毎回報告書を提出する必要があるから少し面倒だ。だから滅多なことでは官吏は後宮に立ち入らない」


「なるほど……」


 後宮内でも男性の官吏と顔を合わせる機会はあるようだ。


 長雲様は通り沿いに見えてきた大きな建物を指さした。赤茶色の屋根が反り返り、太い柱に支えられた立派なたたずまいではあるが、人が集まっている様子はどこかなごやかだ。油や香辛料のいい香りも漂ってくる。


「ここは食堂だ。妃やお付きの女官たちの食事は各宮に配膳されるが、その他の女官や女工、きゅうたちは皆ここで食事をとる」


「あの、宮妓、とは」


「行事や宴席で舞や音楽を披露する、宮廷勤めのげいのことだ」


「な、なる……ほど」


 今後食事をする時には、気位の高そうな女官や派手な芸妓たちと食堂で同席せねばならないということか。想像するだけでなかなかにキツい。


「このあたりまでが、妃たちの宮。この先は宮妓たちが住む区画。そしてこの先が、お前が住むことになる女工たちの区画だ」


「あ、あの……。まさか、集団で」


 もしもたくさんの人たちと寝食を共にして生活しなければならないとしたら、地獄だ。

 サーッと血の気が引いていった私に、長雲様は言った。


「案ずるな。お前はしきをまるまる一つ与えられている。それもかなり広い庭付きの」


「えっ?」


 私だけ、そんなにも破格の扱いをしていただけるのか?

 疑問に思っていたら、段々それらしき場所が見えてきた。


「ここ……工房」


「そうだ」


 後宮の西のはずれにその場所はあった。


 かなり築年数の古そうな建物と、ボロボロの物置小屋。そして味気ない庭には見慣れた形のれん造りの窯。

 この華やかな後宮で、この場所だけがまるで連天村みたいに見える。


「もしかして、おばあちゃんの、工房!?」


 思わず隣にいるのが長雲様だということも忘れてそう口走る。


「そうだ」


 長雲様がそう答えるか答えないかのうちに、私は駆け出していた。


 ──おばあちゃんが昔使っていた窯と工房!


 私にとって、ここは聖地だ。


 工房の扉を開く。そこには作業机と椅子、それから壁際に棚があるきりで、他には物がなにもない。


「ほこり、かぶってない」


「お前が来るから、掃除させておいた」


 私は一旦工房から出て、外にある小さな物置小屋に向かった。

 そして小屋の扉を開くと、たくさんのかつては美しかったであろう泥人形たちが、色あせた姿で無造作に並べられていた。


「この物置は不用品でいっぱいになっているな。片付けに人をよこそうか?」


 そうたずねる長雲様に、私は首を振った。


「いいえ。ここは宝の山です!」


「え?」


 長雲様は息をのんだ。私が強い口調で話すことに驚いているみたいで、珍しく動揺を示す霊気が淡く広がっている。

 私だって自分で自分が信じられない。だが、興奮が収まらないのだ。


 この物置の人形は全て、私の尊敬するおばあちゃん……黄水漣の作品だ。


「ぜ、絶対に! 処分、しないでください!」


 大きな声でそう叫ぶと、長雲様はうなずいた。


「わかった。そのままにしておくから安心しろ」

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