第二章 阿福人形 3

「余が新皇帝として即位して約半年のうちに、後宮では一人の妃が亡くなり、一人の妃が流産した。その際不審な点があり、余はこれを呪いによるものではないかと疑っている」


 その話については旅の道中で長雲様から詳しく聞いた。

 亡くなった妃も流産した妃も、就寝中に何者かに暴行を受けた。流産したものの一命をとりとめた妃が言うには、まるで暗闇の中からふわりと人が湧き出してきたようだったという。どちらの事件の時にも側の部屋にいたお付きの女官たちが、物音を聞いてすぐに駆け付けた。だが侵入者の姿は既に見当たらなくなっていたという。


「余の臣下には有能な者が多いが、呪いには文官も武官も太刀打ちできない。そなたの浄眼と人形師としての力を、余の愛する妃たちのために貸してほしい」


「はい」


 こくりとうなずく。すると陛下は長雲様のほうへ向き直った。


「長雲よ、この者と協力して呪いから妃たちを守ることを、最優先の任務とせよ」


「かしこまりました」


 深々と、長雲様は頭を下げる。その横顔を眺めるが、いつも通りのうつろな無表情で、私との任務を憂鬱に感じているのかそうでもないのかさえ、ることができない。嫌そうな霊気も、前向きな霊気も発していない。


「かつて黄水漣は後宮が同じような状況に陥った際、たまにんぎょうによってそれを解決したと記録に残っている。そなたも魂人形を作れるのだな?」


「はい」


「魂人形とは、どのようなものなのだろうか」


「え、えと。こ、このような……」


 私は手に持っていた布袋から、毛毛を取り出した。


「これは、猫の置物か……?」


 たずねる陛下に毛毛が答えた。


「みゃお」


 相手がどんな偉い人でも敬わない毛毛ではあるが、一応陛下の前では失礼な言動を控えるつもりなのだろう。まるで猫みたいな鳴き声をあげ、手でひげをなでてみせている。


「ほう。これは素晴らしい。まるで生きているようだ」


 たったそれだけでも陛下は感動されているご様子だ。


「陛下、この猫は人形師の幼い頃からの相棒だそうです。この者と共に内城に入る許可をいただきたく」


 長雲様は毛毛が変な行動に出ないかと怪しむ霊気を発しながらも、すぐにそう陛下に申し出てくださった。


「もちろんかまわぬ。たった一人で山奥の村から出てきたのだ。さぞや心細いことであろう」


「ありがとう、ございます」


 私はホッと胸をなでおろした。毛毛がそばにいなければ、とてもこの先、正気で過ごせそうにない。

 毛毛の背中をそっとなでると、毛毛は「やったね」という風に、私に視線を送ってから、いかにも猫らしい動きで私の足元に擦り寄った。


「では黄鈴雨。余からそなたに、最初の人形作りの依頼だ。連天村の名物と言えばアーフー人形であろう。余の願いをかなえるために、阿福の魂人形を作り、献上せよ」


「ね、ねがい」


 思わずそうつぶやくと、陛下はうなずいた。


「余はもう、愛する妃やわが子を失いたくはない。次は自分が殺されるのではないかとおびえる妃たちの姿も、見たくはないのだ」


 そう語る陛下のまわりに、温かい色の霊気が広がっていく。それは陛下の慈悲深さ、命を落としたきさきや胎児に対する愛情の深さを示していた。


 阿福は悪い獅子から子供を守る神の姿を表した人形。きっと陛下はそれを知っていて、阿福人形の作製をご依頼なさったのだ。


 悪い獅子から、愛する人を守るために。


 陛下は好色ではあるが、同時に人を思う気持ちに溢れたお方でいらっしゃる。


「かしこまり、ました」


 最高の阿福人形を陛下に献上しようと心に決めた私は、小さな声でそう答え、深々と頭を下げた。


「それからもう一つ、決まり事を設ける。この栄安城の中では余の許可があった時のみ魂人形を作ること。守られなければそなたの命はないと、心得よ」


「か、かしこまり、ました」


 い、命はない……! こわいこと言う!

 今度はブルブル震えながら頭を下げ、床に額をごつんとぶつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る