第二章 阿福人形 2

 それから私は見ず知らずの女官に身なりを整えられた。事前に長雲様が説明してくださったおかげでお面には触れられずに済み、ほっとする。そしてその後長雲様と共に、皇宮内の広間の前へと案内された。


「陛下、宮中少監が参りました」

「長雲か。よかろう、通せ」


 そんな陛下と側近のやり取りが聞こえたかと思うと、程なくして広間の扉が開かれた。長雲様は膝をつき、深く頭を下げる。私も慌ててをした。


「陛下、こうすいれんの能力を継ぐ人形師、黄鈴雨をお連れいたしました」


「長雲、意外に戻りが早かったな。ご苦労であった。そちらが例の人形師か」


「左様でございます」


「ふむ……黄鈴雨よ、いつまで床に額をこすけているつもりだ。そろそろ面を上げよ」


「ひっ……はぃ」


 おそるおそる顔を上げる。


 目の前には二人の側近を従え、べんかんをかぶり龍のしゅうの上衣を着た皇帝陛下が、どっしりと椅子に腰かけ私を見下ろしている。意外にも肌は健康的な色に焼けており、武術を好まれるのか、がっしりとした体つきをされている。


 そんな陛下はまるで太陽かとまがうばかりに、ギラギラと光り輝く黄金色の力強い霊気を放っていた。それは陛下の生命力や精神力の強さ、そして……好色であることを示していた。


 こ、こんなにギラギラした人、初めて見た……。


 目を細めたくなるほどにまばゆい光を放つ陽の霊気。さすが、大国の皇帝になるお方だけのことはある。

 まだお若い上、即位して一年もたないはずだが、陛下は自信にあふれている。


「陛下、黄鈴雨は人と接触することを極端に苦手としております。それゆえ、常に猫の面をかぶっていなければ人前に出られず、会話もろくにできませぬ。ご無礼とは存じますが、どうかお許しください」


 長雲様がそう説明すると、陛下は納得したようにうなずいた。


「なるほど、そうであったか。どうりでプルプル震えているわけだ。まるで生まれたての小鹿のようであるな」


 はっはっは、と愉快げに陛下がお笑いになり、その度に陽の霊気がビンビン飛んで耳鳴りがするので私は顔をゆがめた。


「かまわぬかまわぬ! 猫の面を被った無口な少女というのも、また神秘的でい!」


 のう! 良いのう! と陛下は側近たちに同意を求め、無理やりうなずかせている。なにせあの好色の霊気のすさまじさだ。大抵の女性のことを陛下はお好きになられるのではないだろうか。お面をつけていていいことになったのはありがたいが、それほどまでに好色では逆に問題があるのではないかと、一抹の不安がよぎる。


 私が軽く引いていることに気づいたのかそうでもないのか、陛下はこちらに向き直り、真面目な顔に戻って言った。


「して、黄鈴雨。そなたを後宮に呼び寄せたのは他でもない。余が溺愛する後宮の妃たちを、腹黒い策謀をめぐらせるしき者たちから守ってほしいからなのだ」


「は……い」


 陛下から賜った勅旨には「後宮の妃たちを呪いから守り、後宮の治安改善に尽力せよ」と書かれていた。


 村を出る時には後宮に行くのが嫌だということばかりを考えていたが、私は責任重大な任務を受けてしまっていたのである。

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