第二章 阿福人形

第二章 阿福人形 1

「おえぇっ」


 れんてんを離れて五日後の朝。初めて訪れたえいあん城で、私は吐き気を催していた。じめっとして朝晩は涼しかった連天と比べ、栄安は日差しが強く、からっとしている。


 そこは城というよりは街のような広さで、碁盤の目のようにきっちりと区画整理された土地にごうけんらんな建物が並んでいる様子は、まさに壮観。城内には宮廷勤めの役人や職人、商人など、様々な人の姿がある。


「ここはじょうだ。政務やさいを行う建物や役人の住まいの他、様々な商店や工房もある。りゅうせいこくの文化の中心地だ」


「は、はい……」


 そんな外城の中で最も人が集まっていたのは、巨大な市場だった。

 その市場では、多種多様な食品、布、装飾品、薬、それから遠い異国の美術品など、様々な業者が店を開き、人でごった返していた。けんそうと熱気の中、霊気が幾重にも湧いて入り混じる。


「うえぇ……」


 霊気に当てられ吐きそうな私にかまわず、ちょううん様は説明を始める。


「これからもう一つの門をくぐるとその先が内城だ。内城には皇宮や、お前が住むことになる後宮がある。きさきたちは内城から出ることができないが、業務上の都合があれば女官や女工は通行許可証を申請して外城と内城を行き来することができる。同様に、官吏が許可を得て内城に立ち入ることもある。覚えておくといい」


「はい……おえぇっ」


りん、大丈夫?」


 膝の上に乗っている毛毛マオマオは心配そうに私を見上げる。私はどうにか正気を保とうと、毛毛を両手で抱きしめた。

 うごめく霊気で視界はゆがみ、匂いがまざって気持ち悪い。

 背中を丸めてうずくまる私に、長雲様は言った。


「もう少しの辛抱だぞ。人混みもこのあたりまでだ」


「……ぇ?」


「人が多いのは市場の周辺だけだ。内城には基本的に、皇族の関係者か官吏しか入れないからな」


 長雲様の言葉の通り、次第に内城へと続く大路を歩く人の数は減っていった。通りすがる人々もどこか洗練された雰囲気のあるお役人様ばかりになった。

 ふぅ、と息を吐く。このくらいなら、眩暈めまいも吐き気もせずに済みそうだ。


「あれが栄安城内城の正門、大龍門だ」


 長雲様が前方を指さす。

 顔を上げると大通りの先に、龍の飾りがあしらわれ、朱色に塗られた巨大な門が建っていた。その門の両側には、見上げるほどに高い城壁が延びている。


「す、ごい」


 私は気分が悪いのも一瞬忘れて、その光景に見入ってしまった。

 手続きを済ませて大龍門をくぐり抜けると、ひときわ大きな建物が見えてきた。

 ここはまだ後宮ではないのだろうか? 首をかしげた私に長雲様が言った。


「あれは皇宮だ。今からさっそくあちらに向かう。陛下から謁見の許可が出たのでな」


「もう、です、か……」


 ようやく吐き気が収まったばかりで、まだ何も心の準備ができていない。


「まあそう緊張することはない。お前は陛下の話にただうなずいていればいいだけだ」


「え、え……」


 そう言われても、緊張しないわけがない。

 ただ、この現実離れした壮麗な栄安城の中で、私の意識もふわふわと現実から離れていくような感覚がしていた。

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