第一章 魂人形を作る少女 11

 いよいよ出発するという時間になり、こんな私にも幾人かの見送りが来てくれていた。


 その中には両親の姿もあった。


 後宮へ行けば、何年この村に戻ってこられなくなるか、わからない。というか後宮で厄介ごとに巻き込まれて命を落とす可能性が高い気がする。

 そう、もしかしたらこれが両親と顔を合わせる、最後の機会になるかもしれないのだ。


 だというのに、私の口からはどんな言葉も出てこない。


 長年工房にこもって生活し、家族とは必要最低限しか顔を合わせていなかった。家族なのに、既に心は遠く離れてしまっている気がする。


 両親は、悲しみの霊気を放っている。私との別れに寂しさや不安を感じていることも、私には手に取るようにわかる。


 なのに言葉が出てこない。そんな自分がふがいない。


 なにか伝えたい気持ちはあるのにそれがなんなのかがわからずに、私はうつむいた。

 すると、母が言った。


「鈴雨、これを持っていきなさい」


「えっ」


 顔を上げてみれば、母は私に手を差し出していた。そして広げたてのひらの中には、小さな老虎の泥人形があった。


 私には見ればわかる。これは父が成型し、母が色を塗ったものだ。二人の人形作りの癖が出ているから、すぐわかる。

 母は浄眼持ちではないし、もちろんこれは魂人形ではなくて普通の人形。


「あの……」


 老虎の人形は、子供の健やかな成長を願って贈る、けの人形。ものを恐れない子供になるようにという願いが込められた人形。

 母は私の目を見つめながら言った。


「無事に、帰ってこられますように」


「うん」


 私が老虎を受け取ってうなずくと、母もゆっくりとうなずいた。


「いってきます」


 私は両親にくるりと背を向け、牛車に乗り込んだ。

 見送りの人たちから徐々に広がっていく寂しさの霊気を体に近づけないうちに、早く出発してしまいたかった。


 こんなに私を思ってくれる人たちがいたのに、今まで家族とも村の人ともうまくやってこられなかった。私は孤独ではなかったのに、自ら殻に閉じこもって逃げ続けてきたんだ。

 物見窓から眺めた空は、今にも雨が降り出しそうに重たげな雲に覆われていた。



 村を出てしばらく牛車に揺られていると、徐々に気持ちは落ち着いていった。


 あまり整備されていない田舎道だから、牛車もガタガタ揺れる。この先後宮でどんな目に遭うのかと思うと不安しかない。だが一方で、これから都でどんな人形を作ることができるのか、それを楽しみにしている自分もいた。


 結局のところこの人生は、人形作りに全てささげると決めている。みかどのご命令だから逆らえないという事情はあるが、長雲様にも言われた通り、人形師の道を極めるためにこれは絶好の機会でもある。


 そして相変わらず、長雲様の感情が薄い。なぜそうなったのかは気になるが、霊気の圧や匂いを感じずに済み、その点では助かる。


 とはいえ特に会話もなく長雲様の隣に座り、牛車に揺られ続けることに、気まずさがないわけでもないが……。


 一方の毛毛は初めて目にする町の様子を眺め、瞳を輝かせている。


「わあいい匂いがしてきたぞ。肉をあぶってるような匂いだ。串焼きか? あ、あそこには饅頭まんじゅうを売っている店もある。久々にうまいもんにありつけそうだな」


「お前、人形なのに食べるのか?」


 そうたずねた長雲様に、毛毛は答えた。


「そりゃあ生きてんだから食うさ。別に食わなくたって死にゃあしないけど、活力になるからな。おいお役人! 金はいっぱいあるんだろ? 降りて食べ物買ってきな」


 長雲様から、わずかに不快な霊気が立ち昇る。


「そんな風に野蛮な口の利き方をする猫は、その辺の草むらで虫でも捕まえて食べるといい。人間用の上等なお食事では、口に合わないだろうから」


 チッ、と毛毛が舌打ちし、長雲様は死んだ目のまま愉快げにほんの少し口角を上げた。


 栄安まで五日はかかる長旅だというのに、序盤からこの調子か……。と考えると、次第に気分は重たくなっていくのであった。

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