第一章 魂人形を作る少女 8

「お前の作った人形をいくつか目にしたが、どれも造形が美しく技術力の高さを感じさせる。牛も人も、まるで本物のようだった」


「ど、ども……」


 褒められて、思わず照れる。自分の人形を評価してもらえるのはうれしい。


「お前が後宮へ行けば、陛下はもとより様々な妃や貴族からも人形作りの依頼が舞い込むことになるだろう。依頼を受ければ高額な報酬が支払われるし、金彩や高級な顔料を使い、手間をかけて技の限りを尽くす、芸術的な作品が求められることになる」


 ごくり、と私は生唾を飲んだ。


 長老様の家には、かつておばあちゃんが作った美しい泥人形が飾られている。


 それは後宮の妃の姿を表現した人形だった。妃の高く結われた髪はきんさいでにぎやかに飾られ、大袖のさんがゆったりと垂れ、凝った紋様が施されたくんを穿いている。それらは金彩や様々な鉱物から取った顔料による彩色で、鮮やかに表現されており、その人形自体が美しい宝石かのように光り輝いて見えた。


 こんな人形を、私も作ってみたかった。


「この村にいては、そういった芸術的な人形を作るような機会は得られまい。人形師の道を極めたいのなら、この後宮行きの話に乗らない手はないと思うが」


「うっ……」


 そう言われてみれば、確かにその通りでしかなかった。


 この村にいたって、人形市で売るための人形ぐらいしか作る機会はない。人形市のお客のほとんどは庶民だから、高級な材料を使用する大掛かりな人形を作ることはほぼなく、民家に飾るための縁起物の人形や、子供向けの玩具のような、安価で簡単な作りのものばかりを作り続ける日々だ。

 おばあちゃんのような人形師になりたくても、そもそも手の込んだ大作を作る機会さえないというのが実情だ。


 私は確かに人間が怖い。怖すぎる。だけどそれを理由に、人形師の道を極める機会をみすみす逃そうとしているのか。

 そんな私を、私自身が許せるだろうか。


「ひ、一晩、お、お時間を……」


「ああ、かまわない。一晩ゆっくり頭を整理するといいだろう。そして明日またここで話すとしよう。だがな、黄鈴雨……」


 長雲様は眉をひそめ、うつろな瞳のまま口角をげ、笑った。


「特に考えてもらっても結果は変わらない。なにせこれは陛下のくだされたご命令だ。お前は後宮へ行くしかない。陛下はお慈悲深いお方ではあるが、ご命令に背けばただでは済むまい」


 ぞくぞくと、背筋に寒気が走る。


 そりゃそうだ。最初から私に選択権などなかったのだ。

 私にできることは、なんとか後宮で問題を起こさず、無事に過ごすことくらい。

 もう私がこの村を離れ後宮に行くことは決定事項なのだ。

 皇帝陛下がご命令を下した、その瞬間から。


「では話の続きはまた明日。さっそくこの村を出る準備を進めていかねばな」


「そ……えっ……」


 私は言葉を失った。長雲様は既に長老様のほうへ向き直り、数日この村に泊まりたいのだが空き部屋はあるか、と相談し始めている。


「あの……うそ……」


「おい鈴雨、もう話は終わったみたいだから工房に戻っていいぞ」


 智信にそう声を掛けられ、私は呆気に取られたまま、長老様の家を出た。


「え、私、えっ」


 独り言をぶつぶつ言いながら、私はふらふらと工房に戻っていったのだった。

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