涙の世界 光と闇の冒険者たち

式見 汀花

プロローグ

#1

 私たちの世界は、神さまの涙によって作られました――




 私たちの世界が作られる前の原初の世界は、なにもない空間が、ただ広がっているだけでした。全ての母、最初の神さまは、その空間に、光を生み出しました。


 光もまた、原初の神さまと同じように、神さまとなりました。ですが、他に、その世界にはなにもありません。原初の神さまは、光の神さまからは見えない場所で、真っ白な光に包まれた原初の世界を、静かに見守っているだけでした。


 光の神さまは、ずうっとひとりぼっちのまま、原初の世界に存在していました。


 どれほどの時間が経ったのか、やがて、光の神さまは、寂しくなって泣き出してしまいました。その流した涙は、神さまの手に溜まっていきます。涙は、やがて手のひらいっぱいになり、まん丸な球体となりました。


 光の神さまは、その涙を見て、思いつきました。ここに、自分の世界を作ってしまおう、と。小さいけれど、この中にいろんな動物や、生き物を作れば、少なくともそれを見ている間は寂しくないだろう、と考えたのです。


 そうと決まれば、まず光の神さまは涙の表面の一部に陸地を作りました。そして涙の海の中には魚を。陸地には色とりどりの植物に、動物や虫を。空には、鳥を。


 そして最後に、光の神さまは自分の身体の一部をちぎり、命を吹き込むと、神さま自身の分身でもある『ヒト』として、世界に送り込みました。


 こうして、涙の世界は、とてもにぎやかになりました。それを光の神さまは自分の光で照らして、あたたかく見守りました。涙の世界の生き物たちは幸せそうで、光の神さまもそれを見ている間、すっかり寂しい気持ちはなくなっていました。


 しかし、問題がありました。光の神さまも眠らなければならないのですが、ひと眠りしてから涙の世界を見ると、きまって生き物たちが弱ってしまっているのです。


 それらは目を覚ますたびに弱っていき、死んでしまうものたちまでいます。困った光の神さまは、母親である原初の神さまにききました。


「お母さま、私の世界にある生き物たちが、とても弱ってしまっています。どうしてでしょうか?」


「それはね、光の神であるお前が休んでいると、光の力は弱まってしまう。光が弱まれば、闇ができる。光のない闇の中では、光の神であるお前の作ったものは、長く生きられないのだよ」


「どうすればいいのでしょうか?」


「私があなたを作ったように、闇の神を作りましょう。そして、闇の神にあなたが寝ている間の面倒を見てもらえば、生き物たちは大丈夫でしょう。が、しばらく世界は安定しなくなってしまいます。それでもよいですか?」


 光の神さまは、自分の世界の命を救えるのなら、と、最初の神さまに、そうしてほしい、とお願いをしました。


 やがて、原初の神さまは、願いをきいて闇の神さまを作りました。光の神さまは、安心して眠りにつきました。


 闇の神さまが現れてから、光の神さまははじめて目を覚まし、涙の世界を見ておどろきました。どの生き物たちも、みんな元気そうにしているではありませんか。


 ですが、よくよく見ると、変わったこともありました。見なれない、光の神さまの作った覚えのない生き物が、涙の世界に生きています。それは黒くて、なんだかみにくい生き物でした。


 みにくい生き物たちは、野山の地面に穴を掘ったりして、そこに住んでいるようです。そして、間違ってそこに入った生き物は、みにくい生き物におそわれているようでした。


 光の神さまは、闇の神さまに、どうしてこんなことをするのか、ききました。闇の神さまは、私も、楽しそうだったからお前のようなことをしてみたかったのだ、と答えました。


 次に、闇の神さまが光の神さまにききました。


「ところで。私もヒトを作ってはみたが。こやつらはあまりにもか弱い。より良く生きていけるように、知恵を与えてはどうか?」


「どういう知恵を与えてあげればいいのでしょう?」


「言葉と、絵を描く力はどうだろうか。そうすれば、私たちはこやつらの言いたいことがわかる。なにかほしいものがあれば、私たちに言うこともできるだろう」


 闇の神さまの言う通りだと思ったので、光の神さまは、ヒトに、言葉と、絵を描く力を与えました。それからヒトたちの言葉に耳をかたむけると、ヒトは、いろいろな不満を光と闇の神さまに言いました。


 それをきいて、光の神さまは悲しくなり、闇の神さまは腹を立てました。


「私たちがお前たちをつくってやったのに、文句ばかり言うとは。こうなったら、知恵も、言葉も奪ってしまおうか」


 それはいけないと、光の神さまは闇の神さまに言いました。が、ヒトたちの言葉をぜんぶきいて、すべてを手助けすることもできません。


 光の神さまは考えて、ヒトが困らず、自分たちで生きていけるように、涙の世界に精霊を生み出しました。精霊とは、神さまに似たものであり、ヒトに自然を自由にするための力を与えてくれる存在です。


 光の神さまに与えられた火、風、水、土の精霊たちの力によって、ヒトは、みるみる生活を変えていきました。火をおこし、土を耕し、風車や、水車を作り――

 みにくい生き物からも、その精霊の力で身を守っているようです。


 精霊の力で、ヒトたちはどんどん、すみかを広げていきました。


 そして、闇の神さまの作ったみにくい生き物たちは、山の奥深いところや、ほら穴の奥へと追いやられていきました。


 みにくい生き物たちは、すみかを追いやられていくにつれてどんどん凶暴になり、他の生き物たちに対して、ますます攻撃的になっていきます。


 そうして、しばしばみにくい生き物たちと、ヒトたちはお互いに攻撃し合うことがありました。そのたびに、たくさんの生き物や、ヒトが死んでしまいました。


 それを見ていた光の神さまは、ヒトだけでなく、闇の神さまが作ったみにくい生き物が殺されてしまうことも、残念に思っていました。それをあやまると、闇の神さまは言いました。


「あれは、私が最初に作ったもので、あまりできがよくない。他の生き物をおそったりしてしまう。だから、仕方がないことだ。それよりも、私は、光のヒトと、闇のヒトが仲良くしていることがうれしい」


 闇の神さまの言う通り、光の神さまの作ったヒトと、闇の神さまの作ったヒトは、とても仲良くしていて、それは光の神さまが見ている間も、闇の神さまが見ている間も、ずっと仲良しでした。


 やがて、光の神さまと闇の神さまの作ったヒトの間には、子供がうまれて、ヒトはどんどん数を増やしていきました。


 光の神さまも闇の神さまも、そんな涙の世界の様子を見て、喜んでいました。


 が、また、悲しいことが起きてしまいます。


 増えたヒトが、ヒト同士で争いを始めてしまいました。さらに、その争いにみにくい生き物も混ざってしまって、世界は大変なことになってしまいます。


「これは、どうしたらいいだろう」


 闇の神さまは、困りました。光の神さまは、最初の神さまが、しばらく世界は安定しない、と言ったことを思い出し、静かに見守るように、闇の神さまに言いました。


 光の神さまも、闇の神さまも、ヒト同士のおろかな争い、ヒトとみにくい生き物の争い、そのぜんぶを、ただ見守り続けました。


 やがて、長い長い時間が経つと、やっと世界は落ち着きました。ヒトたちは手をとりあってみにくい生き物たちを闇の向こうへと追いやると、これまで以上に仲良くなり、世界の中心に大きな街を築き、大きく栄えました。




 涙の世界は、すっかり、作ったときから様子が変わってしまいましたが、光の神さま、闇の神さまは、今も、私たちの世界を、見守っています。たとえ、今はもう私たちの声が神さまに届かず、また、神さまの声が、私たちに届かなくとも。


 なぜなら、ふたりの神さまが見守ってくれているおかげで、この世界には昼があり、夜がある。


 そして、私たちが精霊の力を借りてゆたかな暮らしができるのも、神さまのおかげなのです……

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